1533年10月3週目。縁談から一夜。島津の大殿から八郎の目標を聞かれ目先は借金返済と肥後だと話す。
八郎の屋敷では、いつものように朝飯の匂いが漂っていた。
島津本家、分家の面々も滞在に慣れ始めていた。
飯を食い、茶を飲みながら八郎が尋ねる。
「それで」
「昨日の縁談の方はどうでした?」
その瞬間、一郎が少し困った顔をした。
「まあ……」
「千代姫とは今日も市を見る約束をした」
周囲がニヤニヤする。
千代姫は顔を伏せる。
「それと……」
「他にも少し話してみたいと言ってくれる姫様もおる」
八郎は頷く。
「いいじゃないですか」
「そこはちゃんと時間を作りましょう」
「ただ千代様が猪狩り中に後ろから矢を撃たない程度に」
「八郎様!」
千代様が抗議すると、皆が笑った。
「三郎兄様は?」
「俺も何人かと市を見ることになった」
「料理は禁止されたからな」
三郎が苦笑する。
「いいことです」
「料理人探しじゃなくて奥さん探しですから」
「まだ言うか」
そんなやり取りを見て、島津の大殿は笑う。
「しかし不思議な家じゃ」
「三歳児が兄たちの縁談を仕切るとは」
八郎は茶を飲む。
「仕切ってません」
「背中押してるだけです」
しばらく雑談した後。
島津の大殿が表情を変えた。
「八郎殿」
「昨日から色々聞いた」
「市」
「商い」
「戦」
「縁談」
「だが聞きたい」
「結局、そなたは何を目指しておる?」
場が静まる。
八郎は少し考える。
「まず目先ですか?」
「うむ」
「借金を減らすことです」
一同がずっこけそうになる。
「そこか」
「そこです」
「国を大きくするとか」
「天下とか」
「それ以前に」
「民も武士も商人も借金まみれでは動けません」
「だからまず帳面を綺麗にします」
「その次です」
「肥後」
「相良、阿蘇、その周辺の国人衆」
「ここをまとめます」
島津勢の顔が変わる。
「肥後を取ると言うか」
「取るというより」
「向こうから来る形になると思います」
「相良は春までには厳しいでしょう」
「なぜそう思う?」
「毒が回っています」
「毒?」
「はい」
「飯です」
皆が黙る。
「捕虜に腹いっぱい食わせました」
「借金が消えるところを見せました」
「領民が笑ってる姿を見せました」
「帰った兵が話します」
『八郎のところは飯がある』
『借金が減る』
『冬でも仕事がある』
「これ」
「武器より強いです」
忠良が目を細める。
「恐ろしい毒じゃな」
「ただ」
「肥後だからできます」
「国人衆が多いからです」
「大友、大内となると違います」
「大きな家には仕組みがあります」
「簡単には動かない」
「だからその時は」
「財政」
「交易」
「生活改善」
「そちらになります」
島津の面々は顔を見合わせた。
三歳児の話ではなかった。
完全に国取りの話だった。
そこで八郎は島津分家を見る。
「問題は」
「千代姫と一郎兄様です」
千代姫が反応する。
「私ですか?」
「はい」
「もし本当に縁が結ばれるなら」
「状況が変わります」
「島津分家は八郎領を攻められません」
「親戚ですから」
「となると」
「向く先は島津本家になります」
空気が固まる。
「でも」
「正直に言います」
「今の薩摩で全面戦争できますか?」
誰も答えない。
「戦は金がかかります」
「兵糧」
「武具」
「恩賞」
「復興」
「勝っても金が飛ぶ」
「皆様が弱いという意味ではありません」
「むしろ戦は島津が強い」
「でも財布が苦しい」
「違いますか?」
島津勢は苦笑する。
「嫌なところを見る」
「だから提案です」
「戦わず混ざる」
「混ざる?」
「はい」
「縁です」
「千代姫と一郎兄様が結ばれるなら」
「親戚になります」
「なら」
「こちらも祝いを出します」
「例えば」
「芋の苗」
「育て方」
「市の仕組み」
「八郎商会の仕組み」
「全部入れます」
ざわつく。
「帳面も見せてもらいます」
「恥ずかしいでしょうけど」
「借金を全部並べます」
「誰が」
「誰に」
「いくら」
「利息はいくら」
「そこからです」
「そして市を作る」
「仕入れを増やす」
「金を回す」
「借金を消す」
「ただし」
「軍事は島津です」
島津側が顔を上げる。
「私は戦の専門家ではありません」
「守りはやります」
「でも外へ攻める戦」
「大友」
「大内」
「その先」
「そこは島津の力が必要です」
「つまり」
「内政と商いは八郎」
「戦は島津」
「そういう形もあると思っています」
忠良が笑う。
「待て待て」
「それはつまり」
「島津を取り込む話ではないか」
八郎は首を傾げる。
「違いますよ」
「仲良くする話です」
全員が笑う。
「同じじゃ!」
「三歳児が」
「飯を作り」
「借金を消し」
「婚姻で家を結び」
「気づけば国をまとめる」
忠良は楽しそうに笑った。
「貴久」
「これは面白いぞ」
「刀で斬るより厄介じゃ」
「気づいた時には」
「皆、八郎の飯を食っておる」
八郎は団子を食べながら答えた。
「まあ」
「美味しい方がいいじゃないですか」
「戦するより」
「みんなで飯食べた方が」
「安いですし」
その一言に、島津の者たちは苦笑した。
この三歳児は本気で飯と帳面で国を取るつもりなのだと。




