1533年10月3週目。一郎兄様の件は片がつきそう。次は三郎兄さん。料理の話で盛り上がるも不安www
一郎と千代の話がひと段落すると、八郎は大きく息を吐いた。
「まあ……」
「一郎兄様はこの際いいです」
一郎が眉を寄せる。
「いいって何や」
周囲が笑う。
「いや、違います」
「一番気になってたんですよ」
「一郎兄様とお千代様」
千代姫がまた顔を赤くする。
「だって二週間一緒にいて、あれだけ仲良くして」
「それで何も進まない可能性が一番高かったので」
「放っておけなかったんです」
忠良が笑う。
「三歳児が兄の恋路を心配するとはな」
「普通逆じゃろう」
八郎は肩をすくめる。
「うちは色々逆なので」
「次は三郎兄様です」
そう言って歩いていく。
三郎の周りには、やはり姫たちが集まっていた。
「この味噌、とても美味しいですね」
「鹿肉がこんなに柔らかくなるとは思いませんでした」
「甘味も作られるのですか?」
三郎は嬉しそうだった。
「そうですね」
「味噌は合わせ方で変わりますし」
「肉は下処理が大事で――」
そこまで聞いて八郎が止める。
「三郎兄様」
「はい?」
「少しよろしいですか」
「皆様」
「三郎兄様とのお話はどうですか?」
姫の一人が笑う。
「楽しいですよ」
「私は食べる専門ですが」
「こんなに料理の話を聞いたのは初めてです」
別の姫も言う。
「私も一緒に料理できたら楽しそうだなと思いました」
三郎は嬉しそうにする。
だが八郎はじっと見る。
「三郎兄様」
「はい?」
「相手の女性に求めることって何ですか?」
「え?」
「さっきから料理の話ばかりしています」
「でもそれ」
「三郎兄様の仕事ですよね」
「仕事?」
「はい」
「料理を作る」
「店を回す」
「味を考える」
「それは仕事です」
「夫婦になった後」
「一緒にご飯を食べる姿は想像しました?」
三郎が止まる。
「……」
「してないですね?」
「……あんまり」
八郎は母を見る。
「お母様」
「うちの兄弟、ダメかもしれません」
母が吹き出す。
「言いすぎや」
「でもですね」
「料理の話が悪いわけじゃないです」
「一緒に作って」
『美味しいね』
「って一緒に食卓を囲むならいいんです」
「でも」
「作った料理を出して」
『どうですか?』
『味付けは?』
「だけなら」
「ただの料理屋です」
忠良が腹を抱えて笑う。
「ははは!」
「兄相手でも容赦ないな!」
「姫様方は料理人になりに来たわけじゃありません」
「三郎兄様と過ごしたらどうなるかな」
「それを見に来てるんです」
三郎は頭をかく。
「なるほどなあ」
「料理しか考えてなかった」
「でしょうね」
八郎はため息をつく。
「さっき一郎兄様にも同じ話しました」
「一緒の時間を作ることが大事なんです」
「ちなみに一郎兄様は」
「自分を好きと言ってくれた勇気ある姫様がいましたので」
「優先的に時間を作ります」
千代姫がうつむく。
周囲はニヤニヤする。
「では三郎兄様」
「今から聞きます」
八郎は姫たちを見る。
「三郎兄様と」
「もう少し一緒に過ごしてみたい」
「料理以外の時間も見てみたい」
「そう思う方はいらっしゃいますか?」
数人の姫が手を上げた。
三郎が驚く。
「え?」
「ほら」
「料理だけじゃないんですよ」
「ただし」
「三郎兄様」
「しばらく料理禁止です」
「え?」
「料理禁止」
「何を話せばいいんだ?」
八郎は頭を抱える。
「……」
「お母様」
「やっぱりダメです」
爆笑が起きる。
「市を歩いてください」
「甘味を食べてください」
「寺社の市を見てください」
「湯浴みして、上がった後に茶でも飲んでください」
「相手が何を好きなのか聞いてください」
「料理を作る相手じゃなくて」
「一緒に生きる相手を探してください」
三郎は真剣に頷いた。
「分かった」
「やってみる」
そこで次郎が笑う。
「じゃあ俺は?」
八郎は即答する。
「次郎兄様はとりあえずいいです」
「なんでや!」
また笑いが起きる。
「いや」
「一郎兄様が一番心配でした」
「次が三郎兄様」
「この二人が動けば、とりあえず今日は十分です」
三郎が笑う。
「つまり俺は期待されてたんか?」
「違います」
「え?」
「三郎兄様は料理のおかげで動きそうだっただけです」
「調子に乗らないでください」
「そもそも」
「八郎家の勢いがあるから、皆さん聞いてくださってるんです」
「一郎兄様には言いました」
「普通の男が猪の内臓処理を一刻話したら女性は逃げます」
姫たちも笑う。
三郎も笑った。
「それはないな」
「三郎兄様も似たようなことしてたから来たんです」
「……」
「ああ」
「確かに」
忠良が感心する。
「八郎」
「お前どこまで兄たちの縁談を見るつもりじゃ」
「別に無理にはしませんよ」
「嫌ならいいんです」
「合わないなら仕方ありません」
「でも」
「せっかく遠くから来てくださったんです」
「話して」
「知って」
「それから決めればいいと思います」
「まだ一週間あります」
「市を見る」
「寺を見る」
「湯あみを見る」
「あ、もちろん男女一緒に入るって意味じゃないですよ」
「そこ勘違いしないでください」
周囲が笑う。
「ゆっくり過ごす」
「この人と一緒なら楽しいかな」
「そう思えるかどうか」
「そこを見てください」
そこまで言うと。
八郎は大きなあくびをした。
「では」
「僕はそろそろ寝ます」
一同が固まる。
「寝る?」
「はい」
「眠いです」
「僕、三歳児なので」
一瞬の沈黙。
そして大爆笑。
「そこだけ三歳児を出すな!」
忠良が涙を流して笑った。
「戦の話」
「借金の話」
「領地経営」
「縁談の仲介」
「全部やった後に三歳児だから寝る?」
八郎は眠そうに答える。
「成長期なので」
母が抱き上げる。
「はいはい」
「もう寝なさい」
その背中を見送りながら、島津の面々は思った。
恐ろしいほど先を読む領主。
でも最後は眠気に勝てない三歳児。
それが八郎なのだと。




