1533年10月3週目。千代姫が一郎兄様を好きだと話したことに免じて一緒にいる時間を増やしてあげます(笑)
千代が小さな声ながらも、自分の気持ちを伝えた。
その場にいた者たちは、からかうというより、どこか温かい目で二人を見ていた。
八郎は満足そうに頷く。
「では」
「お千代様が勇気を出してくれましたので」
「そこは少しだけ優遇しましょう」
千代姫が顔を上げる。
「優遇……ですか?」
「はい」
「この二週間、一緒に過ごしたという積み重ねがあります」
「それを無かったことにはしません」
「なので一郎兄様と話す時間は少し多めに作ります」
千代姫の顔が明るくなる。
しかし八郎はすぐ続けた。
「ただし」
「他のお姫様方もいます」
「え?」
「一郎兄様と話してみたい」
「一郎兄様を知りたい」
「そう思っている方を全部断るのも違います」
周囲の姫たちが少し驚く。
「一郎兄様」
「はい?」
「今までとは少し状況が違います」
「元々は庄屋の長男でした」
「でも今は」
「八郎家の長兄です」
「領地も増えました」
「島津のお家ともこうやって縁談の話になっています」
「そうなると」
「正室だけではなく、側室という話も出るかもしれません」
一郎は困った顔をする。
「俺にそんな器があるとは思わんけどな」
「そこです」
八郎が指を立てる。
「だから言ってるんです」
「誰でもいいから女の人に手を出す人」
「そういう人なら僕はこんなこと言いません」
「でも一郎兄様は違います」
「一人一人ちゃんと見る人です」
「だから」
「もし慕ってくれる人がいて」
「家同士のつながりもあって」
「一緒になる必要があるなら」
「受け入れる覚悟も必要かもしれません」
忠良が頷く。
「三歳児とは思えんな」
「武家の婚姻の意味まで分かっておる」
八郎は肩をすくめる。
「でも」
「大事なのは人です」
そこで八郎がニヤリと笑った。
「ただし」
「浮気はおすすめしません」
「なぜじゃ?」
貴久が聞く。
「だって」
「お千代様ですよ?」
「猪と鹿を追いかけて弓を引く方ですよ?」
嫌な予感がして千代姫が慌てる。
「八郎様?」
「一郎兄様が悪いことしたら」
「狩りの途中で」
「間違えて一郎兄様の股のあたりを射抜くかもしれません」
一瞬。
静まり返る。
次の瞬間。
「ぶはっ!」
忠良が吹き出した。
「ははははは!!」
「それは恐ろしい!」
周囲の武士も姫も笑い出す。
千代姫だけ真っ赤になる。
「しません!」
「私はそんなことしません!」
「本当ですか?」
「しません!」
一郎まで苦笑している。
「まあ冗談です」
八郎は笑う。
「半分は」
「半分!?」
千代姫がさらに慌てる。
母が八郎の頭を軽く叩いた。
「女の子をからかいすぎや」
「すみません」
「でも本当に」
「これから時間は作ります」
「一郎兄様と千代姫」
「二人で市を見る時間」
「畑を見る時間」
「話す時間」
「そういうものを作ります」
「ただ」
八郎は一郎を見る。
「猪禁止です」
「え?」
「鹿も禁止です」
「え?」
一郎が本気で困る。
「何を話せばいいんだ?」
その言葉に全員が笑う。
「だからです!」
「そこです!」
「一郎兄様」
「女の人は猪の解体方法を知りたいだけじゃないんです」
「一緒に歩く」
「同じものを食べる」
「同じ景色を見る」
「そういう時間も大事なんです」
一郎は考える。
「なるほど……」
「例えば市で団子を食べるとかか?」
「そうです」
「湯上がりに茶を飲むとか」
「そうです」
「畑を見るとか」
「まあ、それは一郎兄様らしいからいいです」
千代姫が小さく笑った。
「私は……畑の話も嫌いではありません」
八郎がすぐ反応する。
「ほら」
「お千代様だからですよ」
「普通のお姫様なら畑の土の話を一刻聞かされたら逃げます」
また笑いが起きる。
「まあ」
「一郎兄様はそんな感じでお願いします」
「次は……」
八郎が周囲を見る。
「三郎兄様ですね」
母が笑う。
「あっちはあっちで大変そうやな」
視線の先。
三郎の周りにも姫たちが集まっていた。
しかし一郎とは違う。
話題は料理だった。
「この味噌はどう合わせるのですか?」
「この団子の甘さは?」
「鹿肉の臭みはどう消すのです?」
三郎は楽しそうに答えている。
八郎は頷く。
「三郎兄様は安心ですね」
「料理という共通の話題があります」
「ただ……」
少し考える。
「料理人を探してるのか」
「嫁を探してるのか」
「そこは確認した方がいいですね」
母が吹き出す。
「ほんま兄弟全員世話する気か」
八郎は当然のように答えた。
「もちろんです」
「兄様方が幸せなら」
「領地も明るくなりますから」
それを聞いた島津の二人は顔を見合わせた。
戦でも金でもなく。
人をつなぐ。
それが八郎という三歳児の、一番恐ろしい力なのかもしれない。
そう思いながら、次の三郎の縁談を眺めるのだった。




