1533年10月。縁談の場で一郎に話しかけたいが話せない千代姫と八郎が一郎兄様を見ながら話す。
八郎たちが一郎たちの様子を見ながら歩いていく。
島津本家、分家の当主たちは、若い者たちが話す様子を興味深そうに眺めていた。
「しかし一郎殿は人気じゃな」
忠良が笑う。
確かに一郎の周囲には何人もの姫がいた。
だが八郎は首をひねる。
「まあ、一郎兄様はですね」
「真面目です」
「頼まれたことは淡々とやります」
「農も見るし、狩った猪や鹿も嫌な顔せず処理します」
「人を見る目も優しいです」
千代の父実久が頷く。
「それは千代の文にも書いてあった」
「ただですね」
八郎は苦笑する。
「たぶん一郎兄様」
「相手が自分を好きか嫌いか」
「全然分かってないと思います」
一同が一瞬黙る。
「……どういうことじゃ?」
「いや」
「そもそも好きとか嫌い以前に」
『この人のこと好きなのかな?』
「っていう自分の気持ちすら、まだ分かってない気がします」
母がため息をつく。
「ああ……ありそうやな」
「昔から鈍いところあるしな」
「でしょう?」
八郎が言う。
「だから女心を読むとか無理です」
そこで貴久が笑う。
「待て待て」
「なぜ三歳児のお前が女心を語る」
場が笑いに包まれる。
八郎は平然としている。
「では見てください」
そう言って指差した。
少し離れたところ。
千代姫がいた。
一郎の方を見る。
話しかけたい。
でも周囲に姫たちがいて、一歩踏み出せない。
「ほら」
「お千代様です」
「話したそうでしょう?」
千代姫本人がびくっとする。
「八郎様!?」
「でも行けない」
「なぜか」
「恥ずかしいからです」
周りの侍女たちが笑いをこらえる。
「お千代様は」
「二週間いました」
「猪を狩って」
「鹿を狩って」
「市を見て」
「湯浴みに入って」
「一郎兄様とずっと歩いていました」
「たぶん」
「一郎兄様のこと好きなんです」
千代姫の顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなことは……」
八郎は即答する。
「じゃあ嫌いですか?」
「……嫌いではありません」
「ほら」
「そこです」
「いいですか」
「好きと言わない」
「嫌いでもない」
「でも離れたくない」
「それで二週間後帰ったらどうするんですか」
千代姫は黙る。
「薩摩に戻ります」
「そして?」
「……」
「また前と同じですよ」
「千代姫のお眼鏡にかなう男はいなかった」
「だから今まで婚約してないんでしょう?」
千代の父実久が笑う。
「痛いところを突くな」
「事実です」
「もちろん」
「家同士の婚姻でもいいんです」
「この時代ですから」
「でも」
「せっかくなら」
「好きな者同士」
「せめて嫌いじゃない者同士」
「そこから始めてもいいじゃないですか」
忠良が感心した顔になる。
「妙なところで情を重んじるな」
「商売も一緒ですよ」
「嫌な相手とは長続きしません」
すると千代姫が小さく言う。
「でも……」
「他のお姫様方もいます」
一郎の周りを見る。
確かに島津本家の姫もいる。
家臣の娘もいる。
八郎は笑った。
「そこはいったん置きましょう」
「え?」
「一郎兄様」
「別に何人と結婚してもいいじゃないですか」
場が一瞬止まる。
そして忠良が大笑いする。
「おいおい」
「三歳児が何を言う」
「不真面目ではないか」
「違います」
八郎は首を振った。
「不真面目な人なら言いません」
「誰彼構わず手を出す人なら言いません」
「一郎兄様だから言うんです」
「一郎兄様は」
「目の前の人をちゃんと見る人です」
「猪を狩る姫だから変だとか言わない」
「女なのにとか言わない」
「ただ」
『助かります』
『ありがとうございます』
「って言える人です」
千代姫は黙って聞いていた。
「だから」
「誰か一人がまず言わないと進まないんですよ」
「お千代様」
「好きなら好きと言ってください」
「一郎兄様は」
「好きか分からないなら」
『嫌いじゃない』
「でいいんです」
「そこから会う時間を増やせばいい」
「狩りでも」
「農でも」
「市でも」
「一緒に過ごせばいい」
「その機会はこちらで作れます」
母が呆れる。
「ほんま押すなあ、八郎」
「だって」
「二人とも放っておいたら」
「五年経っても猪の話してますよ」
全員吹き出した。
千代だけが真っ赤になる。
「そんなこと……」
「あります」
侍女たちが即答した。
さらに八郎は追撃する。
「それにですね」
「もしお千代様側から」
『一郎様と縁を結びたい』
「と言っていただけるなら」
「こちらも祝います」
「芋の苗」
「市の仕組み」
「帳面合わせ」
「できる支援はいろいろあります」
千代の父実久が目を細める。
「……そこまで考えておるのか」
「もちろんです」
「婚姻は人だけじゃないです」
「家と家」
「土地と土地」
「民と民がつながることですから」
忠良が腕を組んで笑った。
「恐ろしい三歳児じゃ」
「恋話をしていたと思ったら」
「いつの間にか国の話になっておる」
八郎は笑う。
「でも最初は簡単ですよ」
「好きか」
「嫌いじゃないか」
「そこからです」
その言葉に。
千代姫はちらりと一郎を見る。
一郎は何も知らず、姫たちに猪肉の処理方法を説明していた。
それを見て千代は小さく笑った。
「……本当に鈍そうですね」
「でしょう?」
八郎は満足そうに笑った。




