1533年10月3週目。相良阿蘇7000が攻めてきたときの話。策がはまったのもあるが前提に民が八郎側に味方をしてくれているのがでかい。
米焼酎が一巡したところで、忠良が器を置いた。
「さて」
「七千の話を聞かせてもらおうか」
八郎は少し考えてから話し始める。
「まあ、あれです」
「そもそも揉め事の始まりは領地の引き取りなんですよ」
「薩摩側で、島津分家さんの近くにある三万五千石ほどの土地」
「それと肥後側、相良・阿蘇との間にある三万五千石ほどの土地」
「どちらも助けてくれという話がありまして」
忠良が眉を上げる。
「助ける?」
「はい」
「借金まみれだったんです」
「特に肥後側はひどかったですね」
「領主筋の隠し借金が千五百万文ほど」
「庄屋衆七百万文」
「侍衆七百万文」
「もう帳面を見るだけで頭痛がしました」
島津の家臣たちが顔をしかめる。
「それは国人衆では珍しくないぞ」
忠良が言う。
八郎は頷く。
「はい」
「だから責める気はないんです」
「小さい勢力ほど戦費で沈むんです」
「でも、そこで増税すると民が耐えられない」
「それでうちに来た形ですね」
「ただ」
「その土地をうちが見るようになったことで」
「相良、阿蘇側についていた国人衆が動きました」
「七千です」
貴久が腕を組む。
「それに対して?」
「こちらも全力なら七千出せました」
「ただ」
「島津分家との境もあります」
八郎は千代姫の方をちらっと見る。
「別に疑っていたわけじゃないですよ?」
千代姫が苦笑する。
「今さら取り繕わなくても結構です」
周りが笑う。
「まあ二千は残しました」
「五千で対応です」
「配置は」
「前線の館に二千五百」
「左右の山中に千ずつ二千を伏せました」
「残り騎馬五百」
「左右二百五十ずつ二隊」
「相手七千を横から突いて、動きを乱しました」
忠良の顔つきが武将になる。
「正面から当たらぬか」
「はい」
「正面からやったら数で負けます」
「あと町を焼かれたくなかったんです」
「だから先に言いました」
「もし焼かれた家は全部八郎商会が建て直す」
「だから落ち着いて動いてくれ、と」
貴久が感心する。
「戦の前に民の不安を消したのか」
「はい」
「逃げ惑われるのが一番困りますから」
「館は前と同じです」
「柵」
「堀」
「障害物」
「ゆっくり進ませる」
「門を破らせる」
「中に入ったら」
「三方向から弓」
「撃ち切ったら槍で押す」
島津の武将たちは黙って聞く。
「そこで止まった瞬間」
「山の伏兵が左右の横腹を突きました」
「三方向から攻撃です」
「さらに」
「兵糧を焼きました」
忠良が思わず笑う。
「えげつないのう」
「三歳児のすることではないぞ」
「いや、でも」
「七千相手ですよ?」
「きれいごと言ってたら死にます」
「そこから崩れました」
「逃げる兵を町の人たちが捕まえる」
「領外へ抜ける道には騎馬」
「少しずつ削りました」
「結果」
「七千が千五百ほどになりました」
貴久は首を振る。
「淡々と言うが」
「普通はそこまで策は決まらぬ」
八郎は首を振る。
「いや」
「策が良かったというより」
「相手が連合軍だったからです」
「連携が甘かった」
「もし陣を作って」
「時間をかけて町を焼いて」
「遮蔽物をなくして攻められたら」
「もっと厳しかったです」
忠良が頷いた。
「分かっておるな」
「向こうも焦ってました」
「領主が逃げて」
「話を広げて」
「数日で兵を集めた」
「短期決戦狙いだったんでしょう」
「だから勝てた部分もあります」
「でも」
「一番大きかったのは」
「民です」
「民?」
「はい」
「普通なら七千が来たら逃げます」
「でも」
「八郎様なら何とかする」
「ここで暮らした方が良くなる」
「そう思ってくれていた」
「だから」
「混乱しなかった」
「言われた場所に避難した」
「逃げる敵兵を捕まえることもできた」
「それが一番大きいです」
忠良が静かに笑った。
「なるほどな」
「策の前提が違う」
「民が味方であることが前提か」
「はい」
「だから八郎商会が大事なんです」
「日々、帳面を見せる」
「借金が減る姿を見せる」
「仕事が増える姿を見せる」
「飯が良くなる姿を見せる」
「それが戦にも効いたんです」
八郎は二人を見る。
「たぶん、お二方も分かると思います」
「普通の税率がおかしいわけじゃない」
「問題は戦です」
「戦費が全部壊します」
忠良も貴久も苦笑する。
「嫌なところを突くのう」
「身に覚えしかないわ」
「でしょう?」
「だから私は戦費をできるだけ八郎商会側で吸収します」
「湯浴み」
「市」
「交易」
「仕事作り」
「そこで銭を回します」
「ちなみに」
「前回の相良・阿蘇戦」
「賠償は三百五十万文いただきました」
「現物でもいい形で」
「十分ではないか?」
「いえ」
「実際の費用は四百八十万文です」
「兵を動かす」
「被害を見る」
「補修する」
「百三十万文赤字です」
島津勢が黙る。
「勝っても赤字か」
「はい」
「戦とはそういうものです」
「ただ」
「それを聞いた領民が」
『八郎様だけに負担させるな』
「と言って」
「二百万文分ほど現物を寄付してくれました」
忠良の目が細くなる。
「二百万……」
「はい」
「それを市で料理にして売る」
「利益に変える」
「また帳面を消す」
「そうして戻しました」
しばらく沈黙した後。
忠良が笑った。
「……壮大じゃな」
「戦に勝つ仕組みではない」
「国が負けぬ仕組みを作っておる」
貴久もうなずく。
「民が逃げぬ理由が分かった」
「城より固いものを作っておる」
「人の心じゃな」
八郎は照れて頭をかいた。
「まあ」
「私は飯屋から始めただけなんですけどね」
その言葉に島津一同が笑う。
だが誰も、もう目の前の三歳児をただの子供とは見ていなかった。




