1533年10月3週目。八郎の現在までの動きのあらすじを島津の殿様方に説明する。三歳児の下剋上の話www
宴の前半。
島津本家、分家の主だった者たちは八郎の周りに集まっていた。
外では若者同士が話し、兄弟たちは姫たちと交流している。
しかし年長者たちの興味は一つだった。
――なぜ、この三歳児が二十万石近い領地を動かしているのか。
忠良が酒を置いて聞いた。
「八郎殿」
「結局、一番聞きたいのはそこじゃ」
「なぜこれほど短期間で人も銭も動いた?」
八郎は少し考える。
「んー」
「簡単に言えば帳面ですね」
「帳面?」
「はい」
「島津のお二方からしたら、うちの帳面合わせは変に見えると思います」
「毎週、何十万文」
「多い時は数百万文」
「借用証を消しますから」
家臣たちがざわつく。
「週で数百万……」
「はい」
「でも別に銭が空から降ってきてるわけじゃないです」
「店をしているからです」
「最初は本当に小さい話でした」
「私は庄屋の八男です」
「父上の帳面を見ていました」
「そこで見つけたのが」
「年貢不足、五千文」
貴久が聞く。
「五千文?」
「はい」
「今となっては小さいですけど」
「当時は大問題でした」
「だから考えました」
「どうやって五千文作るか」
「それで始めたのが混ぜ飯屋です」
「飯?」
「はい」
「普通の飯を売っても市の人とぶつかります」
「だから違うものを使いました」
「捨てられる魚」
「下魚をつみれにする」
「マグロの赤身を煮る」
「炒め飯を作る」
「野菜を天ぷらにする」
「他の店が扱わないもので勝負しました」
忠良が笑う。
「二歳半が考えることではないな」
「よく言われます」
「それが少しずつ広がりました」
「すると当時の領主様が面白がりまして」
「八郎」
「千五百石分」
「現在の百五十石のその十倍くらいの庄屋や民も面倒見てみるか」
「と言われました」
島津側が笑う。
「ずいぶん無茶を言う」
「はい」
「だから嫌だと言いました」
「断ったのか?」
「はい」
「理由は?」
「父上の百五十石でも五千文足りなかったんですよ?」
「十倍なら絶対もっとあります」
「嫌な予感しかしません」
忠良が大笑いした。
「それで?」
「開けたら」
「十六万文不足でした」
場が笑いに包まれる。
「当たりではないか」
「当たりたくなかったです」
「でも、そこから考えました」
「農民は冬に仕事がない」
「だったら仕事を作ればいい」
「それで簡単な湯浴みを作りました」
「湯浴み?」
「はい」
「薪を割る人」
「掃除する人」
「湯を管理する人」
「仕事になります」
「しかも農民は体を温められる」
「少し気持ちに余裕ができます」
分家当主が感心する。
「不満を減らすためか」
「はい」
「腹が減って寒い時、人は怒りますから」
「そして店を増やしました」
「そこである日気づいたんです」
「何を?」
「仕入れです」
「仕入れ?」
「はい」
「例えば僕の店が庄屋から米を買います」
「すると庄屋に銭が入ります」
「その庄屋には借金があります」
「なら」
「その売上と借用証を合わせれば」
「借金が消える」
忠良の表情が変わった。
「……なるほど」
「銭を配ったのではない」
「商売を通して返済させたのか」
「そうです」
「ここから一気でした」
「まず全部の借金を出してもらいました」
「表も裏も」
「誰が」
「誰に」
「いくら」
「何割で借りているか」
「全部です」
「その上で商人さんと交渉しました」
「相見積もりを取りました」
「利息を下げてもらいました」
「そして毎週」
「帳面合わせ」
「返す」
「返す」
「返す」
「それだけです」
貴久が言う。
「それだけと言うが……」
「普通はできぬぞ」
「すると隣から声がかかりました」
「うちも助けてくれ、と」
「それを繰り返して」
「気づけば元の領主様の一万五千石の半分近くを実質見るようになりました」
忠良が目を細める。
「そこで領主はどうした?」
「怒りました」
「まあ当然ですね」
「そして増税しました」
「さらに」
「周辺領主へ手紙を出しました」
「八郎が反乱を起こす」
「攻め込んでくれ、と」
空気が変わる。
「ほう」
「ただ」
「その手紙が」
「なぜか」
「こちらの手に入りました」
八郎が笑う。
忠良も笑った。
「なぜか、か」
「はい」
「なぜかです」
「結果」
「庄屋衆」
「農民」
「下の侍」
「ほぼ全員が領主を見限りました」
「理由は簡単です」
「借金を減らして飯を出している三歳児」
「増税して戦を呼ぼうとする領主」
「どちらについていくか」
「そういう話になりました」
分家当主の実久が息を吐く。
「それで追放か」
「はい」
「私は殺せとは言ってません」
「ただ」
「誰もついていかなかった」
しばらく沈黙。
そして忠良が大笑いした。
「はははは!」
「なんじゃそれは!」
「二歳半から始まる下剋上話か!」
貴久も苦笑する。
「普通なら刀で城を奪う」
「だがお主は」
「飯を作り」
「帳面を消し」
「気づけば城主が孤立した」
「はい」
「だから僕は戦は弱いですよ」
「攻める戦は」
「でも」
「守る戦は負けにくいと思います」
忠良はうなずいた。
「分かった気がする」
「相良や阿蘇が苦戦した理由が」
「城ではない」
「人を攻めねばならんのだな」
八郎領とは城ではなく、人のつながり。
飯を食べた者。
借金を消してもらった者。
仕事をもらった者。
その全員が壁になる。
忠良は酒を飲みながら笑った。
「面白い」
「実に面白い三歳児じゃ」
八郎は困った顔をする。
「だからもうすぐ四歳ですって」
その一言で、宴席はまた大笑いになった。




