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1533年10月3週目。島津本家・分家との宴会。周囲は婚活の場だが、殿様方は八郎の現在までの経緯にご関心あり

その夜。

 八郎の屋敷では、いつもの宴会が始まっていた。

 ただし、いつもと少し違う。

 広い座敷の一角だけ幕で区切られている。

 そこには島津本家、島津分家の姫たち。

 そして八郎の兄弟たち。

 いわゆる縁談の場だった。

 だが外側では――

「今日は鹿鍋あるぞ!」

「芋食ったか?甘いぞ!」

「団子まだ残っとるか?」

 普通に領民が騒いでいる。

 忠良がその光景を見る。

「……本当にいつも通りなのか」

「はい」

 八郎はうなずく。

「今日は多少豪華ですけどね」

「普段もこんな感じです」

「人数は?」

「ここ薩摩川内だと、一回二百人くらいですね」

「二百……」

「二部制です」

「一刻半くらいずつ回します」

「一人五十文」

「だから一日二万文くらい」

「週二回なので四万文」

「月なら十六万文くらいです」

 貴久が眉を動かす。

「宴だけで十六万文?」

「はい」

「もちろん全部利益じゃないですよ」

「飯代」

「湯浴みの薪」

「団子」

「訓練の日の炊き出し」

「全部ここから出します」

「つまり宴の日に銭を集めて、残り五日の兵の訓練費を賄うのか」

「そうです」

「遊びながら軍備しています」

 忠良は笑った。

「恐ろしいことを軽く言う」

「しかもですね」

 八郎は続ける。

「ここは一万五千石程度から始まった場所です」

「今は三万五千石規模の場所もあります」

「そうなると二百人じゃなく四百人規模になります」

「やることは同じです」

「飯」

「話」

「訓練」

「湯浴み」

「帳面」

「全部回すだけです」

 島津の家臣がつぶやく。

「だから領地が増えても同じ仕組みを移せるのか……」

「はい」

「僕一人で全部見るなんて無理ですから」

「仕組みにしています」

 そこで八郎は手を叩く。

「さて」

「最初だけ少し真面目な話をします」

「お殿様方、多分疑問でしょうから」

「なぜ三歳児がこんなことをしているのか」

 忠良が笑う。

「それは聞きたいな」

「正直、気味が悪いくらいじゃ」

「ですよね」

 八郎も笑う。

「答えは簡単です」

「数字と結果です」

「それだけです」

「数字?」

「はい」

「僕が偉いからみんな従ってるわけじゃありません」

「僕は庄屋の八男ですから」

 そこで島津側が反応する。

「庄屋?」

「はい」

「百五十石ほどの小さな家です」

「武家ですらありません」

「だから言えば」

「下剋上です」

 場が少し静まった。

「下剋上……」

「はい」

「ただ、刀で奪ったわけではありません」

「帳面から始まりました」

「二歳半の頃です」

「父上が帳面を見る時、僕を膝に乗せていました」

父親が苦笑する。

「まさか読めているとは思わんかった」

「普通思いません」

 八郎も笑う。

「でも文字を覚えました」

「数字も覚えました」

「そこで最初に見た問題が」

「年貢五千文不足」

「そこでした」

 忠良が興味深そうに聞く。

「五千文か」

「はい」

「今聞くと小さいでしょう?」

「今は何百万文とか動いてますから」

「でも最初は五千文でした」

「払えなければ誰かが苦しむ」

「土地を捨てる」

「奉公に出る」

「だから考えました」

「どうやって五千文作るか」

「最初は飯です」

「混ぜ飯」

「下魚のつみれ汁」

「市で売りました」

「そこからです」

「そこから一年でこれです」

 島津側は黙る。

 一年。

 たった一年。

「そして分かったことがあります」

「何じゃ?」

忠良が聞く。

「みんな金がないんじゃないんです」

「金が止まっているんです」

「止まっている?」

「はい」

「農民は物を持っている」

「商人は売る力がある」

「職人は作る力がある」

「侍は守る力がある」

「でも借金と不安で止まっている」

「だから市を作って」

「仕事を作って」

「帳面を消す」

「それだけです」

 そこで分家当主の実久が言う。

「それで相良や阿蘇に勝ったのか」

「勝ったというより」

「勝手に向こうが苦しくなっています」

「怖いこと言うな」

「事実です」

「捕虜に飯を食べてもらいました」

「傷を治しました」

「武具も返しました」

「そしてうちの暮らしを見てもらいました」

「すると」

「帰った後」

「比べます」

 場が静かになる。

「自分の領主と」

「八郎領を」

「……」

「だから僕は毒を撒いたと言われています」

 和尚が横から言う。

「実際そうじゃ」

「善意の毒じゃ」

 笑いが起こる。

「まあ難しい話はここまでです」

八郎が手を叩く。

「ここからは縁談です」

「兄様方」

「ちゃんと話してくださいね」

「特に一郎兄様」

 一郎が嫌な顔をする。

「なんで俺を見る」

「いやー」

八郎が笑う。

「千代姫様と仲良いですから」

「八郎!」

千代が赤くなる。

 そこで実久が笑った。

「いやいや八郎殿」

「もっと突っついてよいぞ」

「実はな」

懐から文を出す。

「うちの娘から届いた文がある」

「父上!?」

「読んだが」

「ほぼ一郎殿の話じゃ」

周囲がざわつく。

八郎と母が覗く。

「……」

「これは」

八郎が笑う。

「なかなか熱烈ですね」

母も微笑む。

「まあ」

「千代様、かわいらしいこと」

「違います!」

千代姫が慌てる。

「鹿を捌く姿が立派だったとか」

「女扱いせず普通に接してくれたとか」

「そういう話で……」

「それを好きと言うのでは?」

侍女が言う。

「違います!」

 一郎だけが状況についていけない。

「え?」

「何の話?」

 それを見て全員が笑った。

八郎は満足そうに言う。

「やっぱり不器用同士ですね」

「そこが面白いです」

和尚が呆れる。

「お前、絶対楽しんでおるじゃろ」

「少しだけです」

「少しではない」

 こうして島津本家と分家。

 本来なら争う二つの家は――

 八郎の宴会場で、飯を食い、笑いながら同じ席についていた。

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