1533年10月3週目。島津分家も到着。実久と対面。千代姫の手紙に褒めていた一郎兄様の話をされて千代姫は赤面。一郎と実久とのご対面。
翌日。
八郎の屋敷前は、また騒がしくなっていた。
「また増えましたね」
八郎がぽつりと言う。
和尚がため息をつく。
「お前が呼び込んどるんじゃろうが」
「いやいや、今回は勝手に来られました」
「だいたいお前が原因じゃ」
そんな話をしていると、薩摩北西部を治める島津分家の一行が到着した。
姫や家臣を連れた一団。
当然、すでに島津本家が到着していることも知っている。
少し空気が張る。
長年争ってきた相手。
同じ島津とはいえ、簡単に笑って話せる関係ではなかった。
そこで八郎が先に口を開いた。
「先に言っておきますね」
「うちの領地内で喧嘩は禁止です」
一瞬、場が止まる。
「喧嘩?」
「はい」
八郎は普通の顔で続ける。
「外で何があったかは僕には分かりません」
「島津本家様にも事情があります」
「分家様にも事情があります」
「でも」
「ここにいる間は、飯を食べて、湯浴みして、話をしてください」
「刀抜いたら怒ります」
島津の武士たちが苦笑する。
普通なら無礼。
しかし三歳児が真顔で言うと、不思議と毒気が抜ける。
分家当主実久も笑った。
「八郎殿らしいな」
「ありがとうございます」
「褒めたかは分からんぞ」
「褒め言葉として受け取ります」
周囲から笑いが起こった。
「それでですね」
八郎は続ける。
「せっかく来ていただいたので、色々見てください」
「まず市です」
「今までの普通の市」
「それから寺や神社でやっている農村向けの市」
「寺社市か」
「はい」
「普段、市まで来られない人向けです」
「少し高めですけど、その分利益を寺社、商人、八郎商会で分けています」
「寺はその銭で修繕したり、困っている人を助ける」
「商人は利益が出る」
「うちは帳面を消す」
「農民は現物払いもできます」
「だから銭が少なくても物が回ります」
分家の家臣たちは顔を見合わせる。
「現物払い……」
「そんなことまで許しているのか」
「はい」
「銭がないなら物で払えばいいんです」
「米でも」
「魚でも」
「椎茸でも」
「使い道を考えるのが僕らの仕事です」
島津側の人間は言葉を失う。
「あと訓練ですね」
「今日もやっています」
「槍や弓の練習をして」
「終わったら大きい湯浴みに入って」
「飯を食べながら話をします」
「そこで困ってることも聞きます」
「領民と?」
「はい」
「だって聞かないと分からないじゃないですか」
当たり前のように言う八郎。
しかし武家からすれば異質だった。
領主とは上。
民とは下。
その距離が近すぎる。
「それで一揆が起きないのか……」
誰かがつぶやいた。
「あと」
八郎が少し笑う。
「宴会ですね」
「宴会?」
「はい」
「週二回やってます」
「今回は少し特別です」
「一区画を幕で囲って」
「お見合い会場にします」
その瞬間、姫たちがざわつく。
「お見合い……」
「はい」
「島津本家様も姫様を連れて来られています」
「分家様も来られています」
「うちは兄が七人います」
「まあ、僕はまだ三歳なので置いといて」
「兄たちに良い縁があればと思っています」
そこで八郎は千代を見る。
「千代姫様から聞いているかもしれませんけど」
「先に帳面合わせも見てもらいました」
「隠しても仕方ないので」
「借金も」
「利益も」
「どうやって返しているかも」
「全部です」
分家当主は眉を上げた。
「全部見せたのか」
「はい」
「敵になるかもしれん相手に?」
「敵になるなら、なおさら見せた方がいいです」
「?」
「うちを攻めるのがどれだけ面倒か分かるので」
忠良が横で笑った。
「昨日、我らも同じことを思ったぞ」
そして八郎は頭を下げた。
「それと」
「千代姫様には本当に助けていただきました」
「獣害対策」
「鹿、猪」
「かなり助かりました」
「ありがとうございます」
千代は少し照れる。
「私は頼まれたことをしただけです」
「それがありがたいんですよ」
その様子を見ていた分家当主の実久。
ふと笑う。
「そういえば」
「千代」
「はい?」
「一郎様という御仁はどこだ?」
一瞬。
千代の動きが止まる。
「父上?」
「いやな」
「お前から届いた文にな」
「ずいぶん一郎様のことが書いてあったからな」
「……!」
千代の顔が赤くなる。
「父上!」
「何だ?」
「そういう話ではありません!」
「そうか?」
「鹿を捌く姿が立派」
「女だからと軽んじない」
「優しい」
「弟を支える姿が素晴らしい」
「ずいぶん書いてあったが」
「父上!」
侍女たちは必死に笑いをこらえる。
八郎はニヤニヤしていた。
「一郎兄様ー」
大声で呼ぶ。
「ちょっと来てください」
しばらくすると、一郎がやってくる。
「何や八郎」
「こちら、千代姫様のお父様です」
一郎は慌てて頭を下げる。
「一郎と申します」
分家当主はじっと見る。
「ふむ」
「お主か」
「うちの気難しい娘が珍しく褒めた男は」
「父上!」
また千代姫が叫ぶ。
一郎は困る。
「え?」
「何の話です?」
その反応を見て、分家当主は笑った。
「なるほど」
「これは千代が気に入るわけだ」
「変に媚びぬ」
「欲も見えぬ」
「ただ真面目」
一郎はますます困る。
「いや……私はただ鹿を捌いていただけですが」
「そこが良いのだろう」
周囲が笑う。
八郎が母の横で小声で言う。
「これはいい感じですね」
「八郎」
「はい?」
「あまり人の恋路で遊ぶんじゃありません」
「遊んでませんよ」
「領地の未来を考えています」
「顔が楽しそう」
「……少しだけです」
和尚がため息をつく。
「島津本家と分家が来て、普通なら戦になるところを」
「お前は縁談大会にするか」
八郎は笑った。
「刀で土地を取るより」
「飯食って、仲良くなって、親戚になる方がいいじゃないですか」
その言葉を聞いた忠良も分家当主も黙った。
そして同じことを思った。
(この三歳児……)
(本気で島津そのものを飲み込む気かもしれん)
宴会は、まだ始まる前から波乱の気配を漂わせていた。




