1533年10月3週目。島津本家一行が到着する。領内を見たい、縁談、八郎を見たい。とのこと。好きなだけ見てくださいと八郎。
数日後、島津本家の一行が八郎領へ入った。
船から降りた忠良、貴久、そして連れてきた姫や重臣たちは、まず周囲の様子を見る。
「……思ったより城らしくないな」
家臣の一人が呟いた。
確かに巨大な石垣があるわけでもない。
堅牢な城塞というより、人の出入りが激しい大きな館だった。
だが違和感がある。
農民、商人、職人、武士。
身分の違う者が次々と館へ入り、そして笑顔で帰っていく。
忠良はそこを見る。
「建物ではないな」
「父上?」
「この館は壁で守る場所ではない。人を集める場所じゃ」
そう言っていると、小さな子供が迎えに出てきた。
八郎だった。
「遠いところありがとうございます」
「そなたが八郎殿か」
「はい。一応」
「一応とは?」
「元々庄屋の八男ですから」
その返しに忠良が笑う。
貴久は正直に話した。
「今回来た理由は三つある」
「はい」
「一つは交流を深めたい」
「一つは、この領地を見たい」
「そして縁談」
「最後に……三歳でここまで成した八郎殿自身を見たい」
それを聞いた八郎は笑った。
「そうやって正直に言ってくれる人、僕は嫌いじゃないですよ」
「嫌いではない?」
「はい。探り合いばかりしても疲れますから」
「面白い童じゃな」
忠良が笑う。
「でしたら、一週間でも二週間でもいてください」
「そんなにか?」
「はい」
「見せられるものは色々あります」
まず案内したのは館の裏だった。
そこには大量の人がいた。
武士だけではない。
農民もいる。
「……これは?」
「今日は訓練の日です」
八郎が普通に答える。
「訓練?」
「はい」
「宴会の日と訓練の日があります」
「宴会?」
「はい」
「週に何日かは皆で飯を食べます」
「今日は槍と弓の日ですね」
島津の武士たちは驚く。
農民が槍を持つ。
普通なら一揆を恐れる。
しかしここでは違った。
侍が農民に教えている。
「腰落として!」
「そうそう!」
笑い声すらある。
貴久が言う。
「農民に武を教えて怖くないのか?」
八郎は不思議そうな顔をする。
「なんでです?」
「自分たちの家族や村を守るためですよ」
「それに」
「僕を嫌いだったら、槍を教えなくても反乱します」
忠良が小さく笑う。
「なるほどの」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
訓練後。
さらに驚く。
大きな湯浴み場。
皆が汗を流している。
「これも作ったのか」
「はい」
「汗かいたら入りたいじゃないですか」
「そのあと飯食べます」
実際、湯浴み後には団子と飯。
武士も農民も一緒に座っている。
そして八郎が前に座る。
「今日は帳面の話ですね」
島津一行は耳を疑った。
「帳面?」
「はい」
「城の借金、庄屋衆の借金、侍さんの借金」
「全然減らないので、皆に状況説明しています」
貴久が驚く。
「借金を民に話すのか?」
「はい」
「隠しても減らないので」
「それでどうする」
「寄付をお願いします」
島津家臣が思わず笑う。
「寄付など集まるのか?」
八郎の周囲の者たちが笑った。
「めちゃくちゃ来ますよ」
「なぜ?」
「借金が消えたら、みんな楽になるからです」
「自分たちのためでもあります」
忠良の顔が真剣になる。
「民が城の借金を自分事と思っているのか」
「はい」
「……恐ろしい仕組みじゃ」
次に向かったのは寺だった。
境内には大量の人。
また市。
「ここにも市か?」
「はい」
「ただ、普通の市とは違います」
「寺社市です」
八郎は説明する。
「普段、市まで来られない農民さん向けですね」
「少し高いです」
「どれくらい?」
「普通より三割から五割ほど」
島津家臣が眉をひそめる。
「高すぎぬか」
すると寺の和尚が出てきた。
「それが違うのでございます」
和尚が説明する。
「利益は三つに分けます」
「三分の一は商人」
「三分の一は寺社への寄進」
「三分の一は八郎商会」
貴久が言う。
「ならば八郎殿の取り分が減るではないか」
八郎は頷く。
「減りますよ」
「ではなぜ?」
和尚が代わりに答えた。
「寺が直せます」
「困った者への施しもできます」
「祭りもできます」
「するとまた人が集まります」
「八郎様は銭を回しているのでございます」
さらに農民が普通に買い物している。
「農民がよく買えるな」
「つけもできますから」
八郎が答える。
「つけ?」
「はい」
「米でも芋でも魚でも払えます」
「現物払いですね」
「八郎商会なら使えますから」
忠良が黙る。
銭がない農民でも買える。
農民から受け取った物は飯屋で使う。
飯屋が売れる。
利益になる。
また借金を消す。
全て繋がっている。
その時。
「八郎様!」
子供たちが手を振る。
「新しい団子できた!」
「後で食べますね」
普通に返事する八郎。
その光景に島津一行は驚いた。
領主と民の距離ではない。
忠良が静かに言う。
「分かった気がする」
「何がでございますか?」
貴久が聞く。
「なぜこの童が守りの戦で負けぬかじゃ」
「城ではない」
「民が壁になっておる」
「この距離なら、敵が来れば民が知らせる」
「兵糧も出す」
「逃げずについてくる」
そして笑った。
「強い城を作るより難しいものを作っておる」
八郎は首を傾げる。
「そんな大層なものじゃないですよ」
「ただ、みんなで飯食ってるだけです」
忠良は笑う。
「だから恐ろしいんじゃ」
そう言って、改めて目の前の三歳児を見るのだった。




