1533年10月3週目。島津分家の実久のもとに早馬が来る。千代姫から薩摩本家が視察と縁談に来ると。もう一通は一郎兄様がいかに素晴らしいかの恋文もどきwww爆笑する父親実久。対抗して縁談をしに行く。
数刻後。
薩摩、島津分家の館。
当主・実久の元へ、一頭の早馬が駆け込んできた。
「千代姫様より急ぎの文でございます!」
「千代から?」
家島は首を傾げながら受け取った。
「まだ帰るには早いはずだが……」
文を開く。
読み進めるうちに、眉が動く。
「……ほう」
周囲の家臣が尋ねる。
「いかがされました?」
「八郎殿のところで鳥獣退治をした報酬だそうだ」
「十万文送る、と」
その言葉に家臣たちがざわついた。
「十万文!?」
「狩りでございますぞ?」
「金払いが良すぎませぬか?」
実久は袋を見る。
確かに十万文。
約束通りの額だった。
「面白い男だ」
「普通なら姫相手なら礼だけで済ませる」
「しかし仕事として扱ったか」
家臣が頷く。
「噂通りですな」
「銭の使い方が普通ではない」
だが、問題はその次だった。
実久の顔つきが変わる。
「……島津本家が動いた」
空気が変わる。
「本家が?」
「船で八郎領へ向かっているらしい」
「目的は視察」
「そして縁談」
家臣の一人が声を上げる。
「それは……」
「本家が焦っているということでは?」
しかし家島は首を振る。
「違う」
「本家が慌てている、というほど単純ではない」
「では?」
「我らと八郎殿が結ぶことを嫌ったのだ」
家島は地図を見る。
島津本家。
島津分家。
そして急成長した八郎領。
「もし我らと八郎殿が婚姻で結ばれれば」
「本家から見れば挟まれる形になる」
「直接兵を出さずとも」
「米」
「銭」
「物資」
「兵站」
「それだけで戦の流れは変わる」
家臣たちも頷く。
「なるほど……」
「では本家は先に縁を作ろうと」
「半分はな」
「半分?」
家島は笑った。
「大殿が自ら行くなら」
「残り半分は物見遊山だ」
「物見遊山?」
「三歳で二十万石近くを動かす童」
「そんな化け物、見たくならん方がおかしい」
家臣たちが笑う。
「確かに」
「噂だけでも信じ難いですからな」
「それに」
実久は続ける。
「八郎本人はまだ幼い」
「なら狙うのは兄弟」
「八人兄弟だったな」
「はい」
「兄を押さえれば縁はできる」
「そういう考えだろう」
そして少し笑った。
「まあ」
「千代が誰かを押さえているとは思えんがな」
家臣たちも苦笑する。
「あの千代姫様ですからな」
「自分より弱い男は嫌だと言われる方です」
「簡単には——」
その時。
再び声が響いた。
「第二の使者です!」
「また千代から?」
実久は受け取る。
読み始める。
そして。
止まった。
「……」
「殿?」
「どうされました?」
実久は黙って読み続ける。
そして突然笑い出した。
「はははは!」
家臣たちが驚く。
「何事でございます?」
「読め」
文を渡す。
家臣たちが回し読む。
そこには——
一郎のことがびっしり書かれていた。
女だからと軽んじない。
狩りを認めてくれる。
農を知っている。
弟を支えている。
優しい。
民に慕われている。
「……」
家臣たちは顔を見合わせた。
そして。
「これは……」
「恋文ですな」
広間が爆笑になる。
「違いない!」
「千代姫様がここまで男を褒めるとは!」
実久も腹を抱える。
「あの千代が」
「男のことをここまで書くとはな」
「これは参った」
家臣が笑いながら言う。
「殿」
「これは願ったり叶ったりでは?」
「ああ」
「本家との競争になると思っていたが」
「まさか千代本人が先に落ちるとは」
「言葉が悪うございます」
「事実だろう」
また笑いが起きる。
しかしすぐ実久は表情を戻す。
「急ぐぞ」
「本家だけに好き勝手させるわけにはいかん」
「こちらも向かう」
「姫衆を用意しろ」
「重臣の娘もだ」
「縁を結べる可能性がある者は連れて行く」
家臣が慌てる。
「今からですか!?」
「当然だ」
「向こうはもう船で向かっている」
「遅れるわけにはいかん」
「最低限整えればいい」
「八郎殿は豪華な支度など見ておらん」
「見るのは人だ」
そうして島津分家も動き出した。
——そして数日後。
八郎領。
「……なんか」
八郎は遠くを見る。
「船、多くないですか?」
家臣が答える。
「島津本家の船です」
別の方向から知らせが来る。
「島津分家も到着されます!」
八郎は瞬きする。
「同時?」
「はい」
和尚がため息をつく。
「お前が火種を作るからじゃ」
「僕ですか?」
「そうじゃ」
母も呆れる。
「千代様に十万文渡して、煽るようなこと言ったでしょう」
「いやいや」
「ちゃんと仕事代払っただけですよ」
その横で千代は少し緊張していた。
父が来る。
本家も来る。
そして——
一郎を見る。
島津の姫たちも来る。
侍女が小声で言った。
「お千代様」
「戦でございますね」
「何の?」
「もちろん」
「縁談の」
千代は顔を赤くする。
「だから、まだ私は——」
その先は言えなかった。
こうして。
八郎領最大の戦。
刀ではなく、婚姻と縁で戦う島津同士の争いが始まろうとしていた。




