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1533年10月3週目。薩摩本家が来る等の焦りで早馬に文を出させる千代姫。1通目は連絡事項。2通目は一郎兄さんの素晴らしさを書く恋文www

帳面合わせが終わった直後。

千代姫は用意された客間へ戻るなり、侍女に声をかけた。

「紙と硯を」

「すぐに」

いつもの落ち着いた姿とは違う。

明らかに急いでいた。

侍女たちも理由は分かっている。

島津本家が来る。

しかも目的は八郎領の視察だけではない。

縁談。

ここが大きかった。

千代は筆を取る。

まず一通目。

父へ送る急ぎの知らせだった。

内容は簡潔。

八郎領で鳥獣対策を行い、正式な仕事として扱われ十万文の報酬を受け取ったこと。

それをそのまま父へ送ること。

そして——

島津本家が近く八郎領へ来ること。

目的は視察と縁談。

八郎の兄弟たちとの縁を結ぶ可能性があること。

「父上」

「急ぎ動いてくださいませ……」

そう呟きながら筆を進める。

最後にこう書いた。

『八郎領との縁は、今後の薩摩において極めて重要になると思われます』

書き終えると、すぐ家臣に渡す。

「これを第一陣として」

「早馬で」

「父上へ」

「承知しました」

家臣が走る。

しかし千代姫は止まらない。

「もう一本書きます」

侍女が少し笑う。

「お千代様」

「ずいぶん熱心でございますね」

「当然でしょう」

「家のためです」

その言葉に侍女たちは顔を見合わせた。

「家のため、ですか」

「……何です?」

「いえ」

「続きをどうぞ」

千代は二通目を書き始めた。

今度は報告ではなかった。

自分が見た八郎領について。

二週間、鳥獣対策をしたこと。

そこで一郎が案内役だったこと。

『一郎様は、私が女であることを理由に狩りを軽んじることはありませんでした』

『獲物を取れば当然のように認め、丁寧に扱ってくださいました』

筆が止まる。

少し考えて、また書く。

『武勇だけを誇る方ではありません』

『農を知り、民を知り、弟を支える方でした』

横から侍女が覗く。

「まあ」

「何です?」

「ずいぶん詳しく一郎様のことを書かれるなと思いまして」

「必要な情報です」

「父上への報告です」

「はいはい」

「何です、その返事は」

さらに千代姫は書く。

市の活気。

蜂蜜饅頭。

団子。

マグロ料理。

足を伸ばせる湯浴み。

民が笑っていること。

そして帳面合わせ。

『隣接する薩摩北西部の土地では、膨大だった庄屋衆の借金がほぼ消えております』

『八郎様は妖術ではなく、仕組みで銭を回しております』

『恐るべきは軍ではなく、人の心を掴む力かもしれません』

書き終えると息を吐いた。

「これもお願いします」

「第二陣で」

「必ず父上へ」

「承知しました」

二人目の使者も出ていった。

部屋に残った千代と侍女たち。

急に静かになる。

「……さて」

千代が言う。

「これからどうしましょう」

「島津本家の方々が来られるなら、ご挨拶は必要でしょうし」

「でも父上が来る前に勝手に動くわけにも……」

珍しく迷っていた。

そこで侍女の一人が口を開く。

「お千代様」

「何?」

「一郎様には、お気持ちを伝えた方がよろしいかと」

「は?」

千代が固まる。

「何を言っているのです」

「私はまだ好きなど一言も——」

「言っておりませんね」

「ですが」

侍女は笑う。

「このままだと、島津本家の姫様に先を越されるかもしれませんよ」

その言葉に反応した。

「……」

「正室の座を取られるかもしれません」

「別に私は」

「一郎様が誰と結ばれても——」

言葉が止まる。

侍女たちは笑う。

「続きは?」

「……」

「もう」

「意地悪ですね」

すると年長の侍女が静かに言った。

「お千代様」

「一つだけ聞きます」

「何です?」

「今まで薩摩で」

「お千代様のお眼がねにかなう殿方はいましたか?」

千代は黙る。

思い返す。

武勇を自慢する者。

家柄を誇る者。

姫だから守ると言う者。

女だから下がれと言う者。

誰一人。

自分を一人の人間として見なかった。

「……いませんでした」

「でしょう」

侍女は優しく笑う。

「一郎様は?」

千代はすぐ答えられなかった。

鹿を狩った時。

普通に褒めた。

猪を仕留めた時。

普通に感謝した。

女だから。

姫だから。

そういう目では見なかった。

「……変わった方です」

「それ、八郎様にも言っていましたね」

侍女たちは笑う。

「似た兄弟なのかもしれません」

「だから」

「逃してはいけないと思います」

千代は小さくため息をついた。

「父上への手紙より」

「こちらの方が難しいですね」

その言葉で部屋中が笑った。

島津本家が来るまで、あと数日。

八郎領では——

戦ではなく。

婚姻を巡る、静かな戦が始まろうとしていた。

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