表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
248/691

1533年10月3週目。帳面合わせ。千代姫達も参加するという謎の状況www島津分家の隣の領地についても話す。

十月三週目。

いつものように八郎領では帳面合わせの日を迎えていた。

ただし、今回はいつもと少し違った。

広間の端には、島津分家から来た千代姫と侍女たちが座っている。

それを見た商人衆や侍たちはざわついた。

「……八郎様」

「はい?」

「なぜ島津の姫様方がこちらに?」

八郎は当たり前のような顔で答える。

「せっかく見に来てくれはったんで」

「全部見てもらおうかなと思いまして」

その瞬間、周囲が固まった。

「全部!?」

「帳面までですか!?」

「ええ」

「細かい数字はともかく、どうせ皆さんにも見せてますし」

「隠しても仕方ないでしょう」

和尚がため息をつく。

「お前は本当に……」

「普通、他家に財政を見せる者がおるか」

八郎は首を傾げた。

「でも逆ですよ」

「逆?」

「今の八郎領って、島津分家さんや島津本家さんに見られて困ること、そんなにないんですよ」

千代姫が反応する。

「困ることがない?」

「はい」

八郎は笑う。

「むしろ見てもらった方がいいです」

「うちを敵に回すことが、どれだけ面倒か分かりますから」

場が静かになる。

三歳児とは思えない言葉だった。

「もちろん、大友様とか大内様みたいな大勢力に細かく見られるのは嫌ですよ」

「規模が違いますから」

「でも……」

八郎は千代様を見る。

「島津様とは、仲良くしたいですしね」

「それに最近、領土だけならうちも大きくなってしまいましたし」

周囲が苦笑する。

「最近って……」

「一年ですぞ」

「一年でこんなことになってるんですぞ」

八郎は肩をすくめる。

「まあ借金もいっぱいありますから」

「恥ずかしいところも見てもらいます」

「その上で縁談した方が安心でしょう」

「今週、来週、縁談ありますし」

千代の表情が少し動いた。

侍女たちはそれを見逃さず、にやりとする。

一郎は気づかず普通に座っている。

「ただ……」

商人の一人が苦笑した。

「五千万文借金がある家に嫁ぐのは安心なんでしょうか?」

広間に笑いが起きる。

千代姫は目を丸くした。

「五千万文……?」

「ありますよ」

八郎は平然と言う。

「城」

「侍」

「商家」

「全部合わせたらそれくらいあります」

「でも大事なのは借金の額じゃないです」

「返せる仕組みがあるかどうかです」

そして帳面が開かれる。

「では今週の報告です」

「まず大きいところから」

「千代姫の領地のお隣ですね」

「薩摩北西部三万五千石」

千代が顔を上げる。

自分の家と接する土地。

最近まで疲弊した国人領だった場所だ。

「そこの庄屋衆の証文ですが」

「残り五万文になりました」

一瞬、誰も反応できなかった。

そして——

「五万!?」

声が上がる。

「待ってください」

千代姫も思わず口を出した。

「あそこは戦続きで苦しい土地だったはずです」

「農民が商人から借り入れている。金額も多かったはず」

八郎は頷く。

「そうですよ」

「多かったです」

「でも市を入れて」

「仕入れを増やして」

「銭を回して」

「帳面を消していったら」

「なんか減りました」

一同が沈黙する。

一郎が苦笑する。

「八郎」

「その説明では誰も分からんぞ」

「え?」

「なんか減りました、ではない」

周囲から笑いが起きる。

千代姫も思わず笑った。

八郎は続ける。

「まあ簡単に言うと」

「今まで価値がないと思われていたものに値段をつけました」

「魚の端」

「マグロ」

「甘味」

「湯浴み」

「仕事を増やして、銭を回しました」

「結果として」

「その土地の市だけでも、今週十八万文の利益です」

千代姫の侍女が驚く。

「十八万文?」

「一週間で?」

「はい」

「月なら七十万文前後でしょうか」

千代は言葉を失った。

三万五千石の一部の市。

それだけでその利益。

「もちろん全部自由に使えるわけじゃありません」

「城の借金」

「侍さんの借金」

「まだまだあります」

「でも返せる見込みがある」

「これが大事なんです」

さらに八郎は続ける。

「あと、お侍さんの借金については」

「千代姫にも手伝ってもらっています」

「私が?」

千代が驚く。

「はい」

「鹿や猪です」

「鳥獣対策」

「あれを農家さんから仕事として受けて」

「侍さんに仕事を作る」

「その報酬で証文を消す」

「つまり千代姫が狩ってくださっていることも、領内の借金減らしにつながってます」

千代姫は黙った。

ただ狩りをしていたと思っていた。

だが、この領地では違った。

全てがつながっている。

飯。

仕事。

銭。

借金。

民。

侍。

「……何が何やら分からなくなりますね」

千代が本音を漏らす。

すると一郎が笑った。

「大丈夫です」

「私ら兄弟も最初そうでした」

「八郎の話は先を見すぎています」

「だから一つずつ形にしていくだけです」

千代姫は一郎を見る。

「一郎様は優しいですね」

八郎がその瞬間、にやりとする。

「一郎兄さん」

「優しいですねえ」

「……なんや、その顔は」

「いえいえ」

八郎は笑う。

「何でもありません」

横では母と侍女たちも同じ顔をしていた。

千代姫だけが少し頬を赤くする。

「違いますから」

「別にそういう意味では……」

八郎はさらに笑った。

「僕、何も言ってませんよ?」

広間に笑い声が広がる。

五千万文の借金を抱えた領地。

しかし、そこにあったのは暗さではなかった。

皆が同じ帳面を見て。

同じ飯を食べ。

同じ方向を向いていた。

千代姫はその光景を見ながら思った。

父が見てこいと言った意味が、少し分かった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ