1533年10月2週目~島津分家の千代姫。一郎に案内してもらいながら強い男がいいと思っていたが一郎もありだと思い出す。
千代姫たちが八郎領に来て数日が過ぎた。
当初は鷹狩りという名目だったが、実際には鹿や猪を追う日々。
姫武者たちは山を駆け、弓を放ち、獲物を仕留めていった。
その成果は想像以上だった。
館で報告を受けた八郎は嬉しそうに頭を下げる。
「いや、本当に助かりました」
「おかげで一部の地域は冬を越せそうです」
千代は少し戸惑う。
「そこまでですか?」
「はい」
八郎は頷いた。
「肉になる」
「皮になる」
「骨も使える」
「それに畑を荒らされる被害も減ります」
「一石何鳥かわからないぐらいです」
千代は苦笑する。
「本当に何でも銭と暮らしにつなげるのですね」
「そうしないと借金返せませんから」
あまりにも普通に言う八郎に周囲が笑う。
そこで八郎がふと思いついたように言った。
「そうだ」
「せっかくですし、市を見ませんか?」
「市?」
「はい」
「あと湯浴みですね」
千代が首を傾げる。
「湯浴みなら村で見ました」
「汗を流す場所でしょう?」
「あれとは別です」
八郎は少し得意げになる。
「村の湯浴みは簡易です」
「仕事が少ない人の仕事作りでもあります」
「でも市のものは少し高級です」
「足を伸ばせます」
その言葉に姫武者たちが反応した。
「足を?」
「伸ばせるのですか?」
「はい」
「十文取りますけど」
「その分、気持ちいいと思います」
そして八郎は一郎を見る。
「一郎兄さん」
「案内お願いします」
一郎は少し驚く。
「俺?」
「はい」
「千代姫には山や農地を見てもらいましたし」
「市も見てもらった方がいいです」
「これも何かの縁ですから」
その言い方に母がじっと八郎を見る。
千代たちが出発した後。
母が笑った。
「八郎」
「なかなか気が利くやないの」
八郎は胸を張る。
「でしょう?」
「僕だって大人なんですよ」
和尚が茶を飲みながら笑った。
「まだ四歳にもなっておらんがな」
「年齢は関係ないです」
「いや、あるわ」
母と和尚が声を揃え、周囲が笑った。
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一方、市。
千代は驚いていた。
人が多い。
物が多い。
そして何より――明るい。
商人の顔が違った。
「ここまで賑わうものなのですね」
一郎は頷く。
「最近です」
「昔はここまでではありませんでした」
「何が変わったのです?」
「証文です」
千代が振り向く。
「証文?」
「はい」
「商人の借金が消えたんです」
「だから余裕ができた」
「余裕ができると仕入れができる」
「仕入れが増えると店が増える」
「店が増えると人が来る」
一郎は苦笑した。
「全部八郎の受け売りですけど」
千代は市を見る。
確かに理屈は分かる。
だが、それを実際に動かすのは別問題。
「他には何を?」
「今は芋ですね」
「芋?」
「琉球から来た芋を領内に広げています」
「痩せた土地でも育つからって」
「焼くだけで甘いんですよ」
千代は驚く。
「甘い芋……」
「あと米焼酎、干し椎茸、紙」
「交易品を増やすそうです」
「本当に次から次です」
そして一郎は一つの店で止まった。
「でも」
「今ならこれですかね」
出てきたのは大きな器。
マグロの煮付け。
「これは?」
「マグロです」
「マグロ?」
「はい」
「八郎が、捨ててるところでも食えるんじゃないかって」
「赤身を煮込んだものです」
千代は少し警戒する。
「大きいですね……」
「そこが売りらしいです」
「安くて腹いっぱい」
二人で口に運ぶ。
少し癖はある。
だが濃い味付け。
飯に合う。
「……悪くありませんね」
千代が呟く。
「酒にも合いそうです」
一郎が笑う。
「八郎も同じこと言ってました」
「酒飲めないのに」
その時だった。
店の常連が声をかける。
「おお!」
「八郎様のお兄様やないですか」
「しかも姫様連れとは」
「これはこれは」
千代が少し固まる。
「いや、違います」
一郎が慌てる。
「案内してるだけです」
店主たちはニヤニヤする。
「そういうことにしときますわ」
千代の顔が少し赤くなる。
一郎は本気で困っていた。
「本当に案内ですから」
その様子を見て、千代は少し笑った。
(本当に下手なのですね)
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食事の後。
高級湯浴みへ向かう。
途中、町人たちが次々声をかける。
「八郎様には足向けて寝られませんわ」
「ここから始まったんですよ」
千代が聞く。
「ここから?」
町人が嬉しそうに話す。
「そうです」
「最初は小さな混ぜ飯売りでした」
「それが毎日変わるんです」
「今日は混ぜ飯」
「次は下魚のすり身」
「次はマグロ」
「余ったものがあれば八郎様が考える」
「捨てるものから料理作るんですわ」
「それを見るのが楽しくて、毎日来てました」
千代は一郎を見る。
「その頃、兄上方は?」
一郎は苦笑した。
「留守番です」
「え?」
「いや、本当に」
「市で動く銭が数千文になってから怖くなりまして」
「家に銭があるんですよ」
「周りの村より」
「泥棒が怖い」
「帳面も怖い」
「だから誰か家にいないといけなかったんです」
千代は目を丸くする。
領主の兄。
そんな存在が「銭が怖かった」と笑っている。
「色々大変だったのですね」
「はい」
「でも面白かったです」
一郎は市を見渡す。
「一年で、こんなになりましたから」
その横顔を見て、千代は思った。
強い男とは。
刀を振るうだけではないのかもしれない、と。
そして二人は、湯気の立つ高級湯浴みへ向かっていった。




