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1533年10月2週目。帳面合わせ。緊急の国人衆領地への食糧供給と諜報活動費、市の立ち上げの260万文のツケをけす。

十月二週目。

いつものように館の広間には、武士、商人衆、職人衆、各地のまとめ役たちが集まっていた。

八郎は分厚くなった帳面を前に置くと、小さく息を吐いた。

「では、今週の帳面合わせをします。細かい数字は後で見ていただけたらと思います」

そう言うと、周囲から小さな笑いが漏れる。

最近では「細かい数字は後で」が八郎の口癖になっていた。

商人の一人が笑いながら言う。

「八郎様の細かい数字は、普通の国人衆なら腰抜かす額ですからな」

「いやいや、笑いごとじゃないですよ」

八郎は帳面を叩いた。

「今回、まず肥後の新しく助けを求めてきた土地へ、食料支援として三十万文分を回しました」

一同が頷く。

「あれは仕方ありませんな」

「飢えた民を放置したら荒れますから」

「それに店を開く土台にもなります」

八郎もうなずいた。

「そうです。あれは施しだけではありません。市を動かして、仕入れを作って、庄屋衆の証文を

 消すための最初の火付けです」

そして次の項目を見る。

「それから……諜報活動費」

ちらっと侍衆を見る。

「五十万文」

一瞬、場が静かになる。

「……使いましたね」

八郎がぽつりと言うと、皆が笑った。

だがすぐに和尚が突っ込む。

「使いましたね、ではないわ」

「お主、自分の領内にどれだけ借金があると思っとる」

八郎は苦笑する。

「分かってますよ」

「城、武士、まだまだ証文は山積みです」

「ただ情報は銭になります」

「相良、阿蘇、菊池、大友、島津、博多」

「どこで何が売れるのか、米はいくらなのか、椎茸はいくらになるのか、焼酎は売れるのか」

「それを知らないと大きな商いはできません」

商人衆は深く頷いた。

「確かに、その五十万文は遊び銭ではありませんな」

「道を探す銭です」

八郎は続ける。

「ただ、出ていくばかりではありません」

そこで少し表情を緩めた。

「肥後南部の一部で庄屋衆の証文が完済しました」

その瞬間、ざわっと声が広がった。

「また消えた!」

「早すぎる!」

「この前入った土地でしょう?」

八郎は手を振る。

「皆さんが協力してくれたからです」

「そして、そのお礼として現物寄付を九十万文分いただきました」

商人たちが笑う。

「出ましたな」

「八郎様名物、証文を消したら寄付が返ってくる仕組み」

八郎は首を振った。

「名物にしないでください」

「善意ですから」

「でもありがたく使います」

そして帳面をめくる。

「その分も合わせまして、市を立ち上げた時のツケですね」

「二ヶ所分」

「百八十万文」

「今回消します」

一瞬沈黙。

そして職人や商人から声が上がる。

「おお!」

「またツケが消えた!」

「本当に払ってくださる!」

職人衆は特に嬉しそうだった。

「八郎様の仕事は大きい上に、ちゃんと銭が返ってくる」

「だから次も作れるんですわ」

八郎は笑う。

「いや、そこ大事です」

「僕が思いつきで、湯浴み作れ、杵作れ、水車作れって言うから」

「ツケを放置すると皆さんが困るんです」

すると兄たちが笑う。

「自覚あったんか」

「ありますよ!」

「僕が一番怖いです」

「朝起きたら、また何か思いつくんですから」

広間に笑い声が響いた。

そして八郎は真面目な顔に戻る。

「今回、突発費用と市の立ち上げ費用を合わせて、二百二十万文ほど整理しました」

「高級湯浴みも少しずつ動き始めています」

「ここから冬場の仕事になります」

「湯番、薪割り、水運び、掃除、料理」

「銭が回る場所になります」

武士の一人が感心する。

「戦のためではなく、冬のために人を動かす……」

「普通は考えませんな」

八郎は首を振った。

「冬に仕事がないから借金になるんです」

「だったら冬に仕事を作ればいいだけです」

「簡単じゃないですけどね」

そして次の話へ移る。

「あと交易ですが」

商人たちが顔を上げる。

「今、月十二万文ほどで動かしています」

「これを二十万文くらいまで増やそうと思っています」

商人衆がざわつく。

「増やしますか」

「はい」

「干し椎茸、米焼酎、紙」

「売れるものが見えてきました」

「週にすると、城の借金を五万文ずつでも削れる流れになります」

「小さいです」

「でも毎月確実に減る。」

和尚が頷く。

「増えぬ借金は怖くない」

「減る道筋が見えれば人は耐えられる」

「そういうことです」

八郎は笑った。

「まあ……」

「寄付頼みなところもありますけどね」

すると庄屋衆が笑う。

「またそれを言いますか」

「八郎様が証文消したら、みんな返したくなるんですよ」

「恩がありますから」

八郎は少し照れる。

「でも無理はしないでください」

「生活を良くするためにやってるんです」

「返すために苦しくなったら意味ないです」

そして最後に言った。

「薩摩の後から入った領地も、あと二週間ほどで庄屋衆の証文は消えると思います」

「そこからまた回ります」

「城、侍、職人」

「順番に消していきます」

侍衆が頭を下げる。

「八郎様」

「我々もできることをします」

「鳥獣退治でも、訓練でも、交易調査でも」

八郎は笑った。

「お願いします」

「収穫が落ち着いたら、また何かお願いするかもしれません」

その言葉に全員が苦笑する。

「また何か思いついた顔ですな」

「いやいや」

八郎は首を振る。

「まだ何も」

母が横から言う。

「嘘やな」

「その顔は何か考えとる」

一同爆笑する。

「八郎様のお願いなら、基本断れませんよ」

「ただし先に言ってください」

「いきなり六百万文の湯浴みとか言われると心臓に悪い」

八郎は笑った。

「気をつけます」

「でも、みんなで豊かになるためですから」

その言葉に、誰も反論しなかった。

一年で握り飯一つから始まった小さな商い。

それが今では十五万石近い土地を動かす仕組みになっていた。

だが八郎のやることは変わらない。

飯を作る。

銭を回す。

証文を消す。

そして、人の顔を明るくする。

それだけだった。

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