1533年10月2週目。肥後の国人衆の領地の現状把握。借金の多さに驚くも一個ずつやるだけだと話す。
八郎は、山積みにされた証文箱を見ながら小さくため息をついた。
「……まあ、来るとは思ってましたけどね」
周りの者が苦笑する。
「八郎様、驚かれないのですか?」
「いや、驚いてますよ」
八郎は帳面を指差した。
「ただ、今まで見てきた土地と同じです」
「借金がない土地なんてありません」
「大事なのは、いくらあるか分からない状態をなくすことです」
八郎は商人衆を見る。
「ではお願いします」
「こちらの商人さん」
「向こうの商家衆」
「お侍さん」
「全部合わせてください」
「誰が誰から借りたか」
「元金はいくらか」
「利息はいくらか」
「期限はいつか」
「全部です」
「隣の部屋で一刻ほどやれば、大体形は見えるでしょう」
商人たちは頷いて、帳面を持って移動した。
その間。
八郎は戻ってきた者たちに聞いた。
「ところで」
「市はどうでした?」
すると顔が明るくなる。
「それが……」
「飯がうまかったです」
「特に甘味ですね」
「蜂蜜饅頭と団子」
「あれは皆驚いていました」
八郎は笑う。
「ああ、やっぱり甘いものは強いですね」
「あと驚いたのは魚です」
「魚?」
「はい」
「マグロもそうですが、下魚のつみれですね」
「今まで捨てていたような魚」
「安値で売っていたもの」
「それに値段がつく」
「そこに気づいた者は多かったです」
さらに商人は続ける。
「それに一番良かったのは……」
「他の店の邪魔をしないことです」
「邪魔?」
「はい」
「普通、新しい商人が来たら客を奪われると思います」
「でも八郎商会は違いました」
「今までなかったものを売る」
「捨てていたものを買う」
「甘味で人を集める」
「だから周りの店も嫌がっていません」
八郎は頷いた。
「なら大丈夫ですね」
「十ある価値を三十にする」
「そうすれば仕入れが増える」
「仕入れが増えれば……」
「証文が消える」
商家衆の一人が涙ぐんだ。
「本当に……」
「消えるんですね……」
八郎は首を振る。
「まだ何も始まってませんよ」
やがて帳面合わせが終わった。
商人が戻ってくる。
「出ました」
「まず庄屋衆ですが……」
「千万文です」
場が静まった。
「千万……」
八郎は腕を組む。
「なかなか香ばしいですね」
周りがずっこける。
「八郎様、軽すぎます」
「いやいや」
「今まで五百万、六百万、七百万は見ましたけど」
「千万は苦しかった証拠ですよ」
庄屋衆は頭を下げる。
「先の戦もあります」
「武具」
「兵糧」
「籾」
「急な借り入れが多く……」
八郎は頷く。
「でしょうね」
「戦は勝っても負けても銭が消えますから」
「では、お侍さんは?」
「……こちらも千万文ほど」
「おお」
八郎が手を叩いた。
「返しがいがありますね」
全員の顔が引きつる。
「普通、絶望するところです」
「いや」
「数字が分かっただけ前進です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は続ける。
「まず市です」
「最初は味も接客もばらつきます」
「そこは仕方ありません」
「でも利益より大事なのは仕入れです」
「地元から買う」
「銭を渡す」
「証文を消す」
「飯を食べれば借金が減る」
「それを皆に伝えてください」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「次に」
「炊き出し」
「訓練」
「宴会」
「宴会ですか?」
「はい」
「週二回」
「皆で飯を食べる」
「話す」
「商売の話をする」
「村同士で繋がる」
「余った食材」
「寄付でもらったもの」
「店では使いにくいもの」
「全部回します」
「銭を止めないことが大事です」
そして八郎は侍たちを見る。
「お侍さんも仕事を作ります」
「鳥獣退治」
「警備」
「交易」
「情報集め」
「今までみたいに城から給金だけを待つ形では厳しいです」
「八郎商会で仕事を作ります」
「そこで当面お願いしたいことがあります」
「諜報活動です」
「諜報活動?」
「はい」
「相良」
「阿蘇」
「島津」
「伊東」
「肝付」
「もっと遠くなら」
「博多」
「大友」
「大内」
「そこを回ってください」
「戦をしに行くんじゃありません」
「情報です」
「米はいくらか」
「何が不足しているか」
「何が高く売れるか」
「そして」
「八郎領ではどんな暮らしをしているか」
「それも伝えてください」
八郎は指を折る。
「今売れるものがあります」
「米焼酎」
「干し椎茸」
「紙」
「椎茸なんて山ほどあります」
「干せば高級品です」
「博多なら欲しがる可能性があります」
「でも知らなければ売れません」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして。
八郎は箱を置いた。
中には銭。
「五十万文あります」
全員が固まった。
「ご、五十万?」
「はい」
「調査費です」
「皆で相談して使ってください」
「道中費」
「交渉」
「情報集め」
「全部必要な投資です」
商人の一人が呆れたように笑った。
「普通は銭がないから借金するんですが」
「八郎様は借金を消すために銭を使うんですね」
八郎も笑う。
「銭は置いておいても増えません」
「人が動いて」
「物が動いて」
「初めて増えます」
その場の者たちは、改めて思った。
この三歳児は。
城を取ったのではない。
人と銭の流れを作っているのだと。




