1532年12月。八郎、親に炊き出しを相談する。寺子屋で嫉妬されたことを話す。ここらで八郎を村に披露し認知してもらう必要があると判断し了承する両親
その日の夜。
飯を食べたあと、俺は父上と母上に寺であったことを話した。
「父上」
「なんじゃ」
「少し相談があります」
最近、この言葉を言うと家族全員が静かになる。
俺が何か言う時。
大体、何かが変わるからだ。
「和尚様からお話がありました」
「和尚様から?」
「はい」
「年末に一度、寺で炊き出しをしないかと」
父上は少し驚いた顔をした。
「炊き出しか」
「はい」
「なので、最後の週は市で店を出すのをやめて、そちらをしませんか」
兄様たちは首を傾げる。
「なんで急に?」
少し迷った。
でも隠すことではない。
「私が少し妬まれたみたいです」
その瞬間。
兄様たちの顔が変わった。
「誰や」
三郎兄様が低い声で言う。
「誰が八郎に何か言った」
四郎兄様も怒っていた。
「八郎は家のために頑張ってるのに」
「違います」
俺は慌てて止めた。
「喧嘩にはなってません」
「本当か?」
「はい」
「少し言われただけです」
調子に乗るな。
卵の値を上げるぞ。
そんな話。
それを伝えると兄様たちはさらに怒った。
「なんやそれ」
「八郎が何したっていうんや」
父上は黙って聞いていた。
「それで?」
「はい?」
「八郎は言い返したのか」
「少しだけです」
「何と言った」
「卵が高くなれば別の料理を考えます、と」
父上が苦笑した。
「相変わらずじゃな」
「それと」
「それと?」
「卵を買うことで、売ってくれる家にも銭が入っていると思います、と」
母上が小さく笑った。
「八郎らしいね」
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「その後、和尚様が止めてくださいました」
「和尚様が?」
「はい」
「何と?」
少し恥ずかしかった。
「三歳児で、これだけ銭と人を動かす者を見たことがない、と」
兄様たちは満足そうな顔をする。
「その通りや」
「和尚様分かってるな」
でも俺は首を振る。
「あと」
「天才かどうかは知らないとも言われました」
「え?」
「文字を覚えるだけなら、もっとすごい人がいるかもしれないと」
だけど。
「普通、三歳の子供の話を大人は聞かない」
「だから、まず聞いてもらう努力をしたこと」
「家族に動いてもらったこと」
「そこが違うと言われました」
父上は静かに頷いた。
「和尚様は見ておられるな」
「はい」
「確かにそうじゃ」
父上は銭袋を見る。
「わしも最近忘れかけていた」
「何をですか?」
「これが普通ではないということじゃ」
最初。
五千文足りなかった。
それをどうするか悩んでいた。
それが今。
一度の市で千五百文を動かす。
「周りから見れば、おかしく見える」
父上は言った。
「他の庄屋仲間」
「小作の者」
「商いをしている者」
「面白くないと思う者も出る」
当然だった。
銭が増える。
人が集まる。
目立つ。
それは良いことだけではない。
「八郎」
「はい」
「お前が寺へ寄進すると言った意味が、よう分かった」
父上は言う。
「銭だけでは家は守れんな」
「はい」
「信用もいる」
「炊き出し、やろう」
父上は決めた。
「いいんですか?」
「ああ」
「むしろ必要じゃ」
そして笑う。
「みんなに見てもらおう」
「はい」
「八郎が考え」
「家族みんなで動いていること」
「別に誰かから奪っているわけではないこと」
「伝えていこう」
母上も頷いた。
「料理なら任せて」
「ありがとうございます」
三郎兄様が言う。
「でも八郎」
「はい」
「お前が考えてるって言ったら、それはそれで驚かれるぞ」
「そうですね」
父上が笑う。
「まあ、少しずつじゃ」
「はい」
「いきなり全部分かってもらおうとするな」
その通りだった。
「では来週はどうします?」
四郎兄様が聞く。
父上が考える。
「油はまだ集まらん」
揚げ物。
新しい飯。
それは焦る必要がない。
「今回は同じ形でいこう」
父上が言った。
「混ぜ飯」
「つみれ汁」
「炒め飯」
「もう一度、滞りなく回す」
俺も頷いた。
「それがいいと思います」
新しいことばかりでは危ない。
続けられること。
安定させること。
それも大事。
父上が最後に言った。
「八郎」
「はい」
「大きくするだけでは駄目なんじゃな」
「はい」
「守ることも考えないといけません」
銭。
飯。
人。
信用。
全部揃わないと続かない。
「本当に」
父上は笑った。
「もうすぐ三歳とは思えんな」
「来月です」
「だから、それがおかしいんじゃ」
家族みんなが笑った。
こうして、年末。
八郎の飯は初めて、銭を取るためではなく。
村のみんなへ振る舞うために作られることになった。




