1532年12月。八郎、初めて妬みを知る。寺子屋の子供に突っかかられるが和尚さんが怒る。誤解を解くために年末炊き出しを提案される。
市で商いを始めてから、少しずつ日常が変わってきた。
寺小屋に通う。
文字を習う。
数字を習う。
終わった後は和尚様と話す。
それが当たり前になっていた。
でも。
変わったのは、いいことだけではなかった。
「なあ八郎」
寺の庭先だった。
少し年上の子供たちが声をかけてきた。
「はい?」
「最近、調子乗っとるらしいな」
その言葉に兄様たちの顔が変わる。
「何言ってんねん」
四郎兄様が前に出た。
「八郎はすごいんやぞ」
「まだ小さいのに、家のこと考えて」
「税の計算までして」
「父上を助けてるんや」
だが相手の子供は面白くなさそうだった。
「知らんわ」
「飯売って銭儲けしとるだけやろ」
「最近、卵とか買い集めとるらしいやん」
そして笑う。
「調子乗っとったら、卵の値段上げるように言うぞ」
兄様たちが怒りかける。
でも。
「大丈夫です」
俺は止めた。
「なんや」
「怖いんか?」
「いえ」
俺は首を振る。
「卵が高くなったら、別の料理を考えるだけです」
「……」
「卵を使わない飯もあります」
材料は変わる。
季節も変わる。
それに合わせればいい。
「それに」
「なんや」
「多分、卵を売ってくれている家も助かっていると思います」
「は?」
「卵を銭にするのは簡単じゃありません」
毎日、市があるわけじゃない。
買う人も限られる。
「でも私たちが買えば、家に銭が入ります」
「少しずつですが」
「お互い助かると思っています」
そう言うと、相手は顔をしかめた。
「そんなこと言うても」
「お前らだけ得しとるかもしれへんやろ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その時だった。
「馬鹿者!」
大きな声が響いた。
和尚様だった。
普段穏やかな和尚様の顔が厳しい。
「三歳にもならん童を妬んでどうする」
子供たちは黙った。
「でも和尚様」
「八郎ばっかり……」
「ばっかり、なんじゃ?」
和尚様が聞く。
「お前たちは八郎が何をしたか知っておるか」
誰も答えない。
「確かに」
和尚様は言った。
「八郎は変わっておる」
俺を見る。
「かなりな」
「和尚様」
「事実じゃ」
否定できなかった。
「だがな」
和尚様は続ける。
「三歳の童が何か思いついたところで、普通は誰も聞かん」
その通りだった。
知識があるだけでは意味がない。
「八郎はまず、文字を覚えた」
「数を覚えた」
「わしに理解させた」
そして。
「父親が困っていることに気づいた」
「家を救うために知恵を出した」
「家族に頼んで動いてもらった」
「そして銭を作った」
和尚様は寺を見る。
「それだけではない」
「この寺にも寄進しておる」
子供たちが驚く。
「寄進?」
「ああ」
「自分たちだけで抱えておらん」
和尚様は言う。
「ただ儲けたいだけなら、そんなことはせん」
俺は少し恥ずかしくなった。
褒められすぎだ。
「いいか」
和尚様は続ける。
「ただの神童なら、わしも見たことはある」
「覚えが早い」
「文字をよく知っている」
「そういう子はいる」
そして俺を見る。
「だが」
「八郎は少し違う」
「学問だけの才かは分からん」
「もっと賢い者もいるかもしれん」
和尚様は笑った。
「しかし」
「銭を動かす」
「人を動かす」
「家を変える」
「そんな童は、わしは生まれて初めて見た」
周りが静かになる。
「だからと言って八郎」
「はい」
「お前も気をつけろ」
「はい」
「大きくなれば、必ず妬みは出る」
分かっている。
だから怖かった。
「そこでじゃ」
「はい?」
和尚様が少し笑った。
「年末に炊き出しでもするか」
「炊き出しですか」
「ああ」
「お前の家が作っている飯」
「一度、みんなに食べてもらえ」
和尚様は続ける。
「八郎の家だけが儲かっている」
そう思われるより。
「あの家があると助かる」
そう思われた方がいい。
「どうじゃ」
「お願いします」
俺はすぐ頭を下げた。
「足りない分は、父上を説得して出します」
和尚様が止まった。
「八郎」
「はい」
「そこは普通、親に聞いてから悩むところじゃ」
「あ」
「もう出す前提になっとる」
兄様たちが笑う。
周りの子供たちも少し笑った。
「ほんま変なやつやな」
さっき文句を言っていた子が小さく言った。
「三歳でそんなこと考えるんか」
「来月三歳です」
「そこちゃうわ」
また言われた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも。
少し空気が変わった。
妬み。
疑い。
それはなくならない。
けれど。
避けるだけではなく。
向き合って変えていく。
年末の炊き出し。
それは八郎の商いが、村との関わりを持つ最初の一歩になった。




