1533年10月1週目。肥後の国人衆の領地での一揆。八郎に庇護を求めて人が訪ねてくる。困る八郎。帳面全部出して同じ方向を向かないと無理。
十月一週目。
帳面合わせが終わって数日後。
八郎の館に、肥後方面から人が訪ねてきた。
庄屋衆。
下級武士。
そして村の代表者。
皆、疲れ切った顔をしている。
「八郎様……」
「どうか、お助け願えませんでしょうか」
八郎は首をかしげた。
「何があったんですか?」
代表の男が頭を下げる。
「一揆でございます」
話を聞けば、原因は先の戦だった。
相良、阿蘇連合は八郎領に敗れた。
そして賠償金を払うことになった。
相良や阿蘇本体は、なんとか力で不満を抑えている。
しかし。
その間に挟まれた国人衆の領地は違った。
元々余裕がない。
戦費がかかった。
武具も失った。
商人は銭を貸さない。
そして最後には税を上げるしかなくなる。
「それで民が爆発しました」
「でも……」
「普通の一揆ではありません」
「八郎様のところに入りたいと言い出しております」
八郎は黙った。
「捕虜になった者たちが帰ってきました」
「殺されると思っていたら飯を食わせてもらった」
「温かい汁が出た」
「腹いっぱい食べられた」
「しかも八郎領では証文が消えている」
「そんな話を聞いた民は……」
「ならば八郎様に治めてもらった方がいいと」
「だから抵抗が激しいのです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
八郎は少し考えて言った。
「先に言います」
「うちは兵を出して鎮圧しません」
「それから、その土地を奪いに行くこともしません」
その場が静まり返った。
「そ、そんな……」
「見捨てるのですか」
八郎は首を振った。
「違います」
「理由があります」
「今までうちに入った土地」
「ほとんど同じなんです」
「見捨てられた土地なんですよ」
その言葉に国人側の武士が顔を上げる。
「我らの土地に価値がないと?」
「違います」
「土地には価値があります」
「人にも価値があります」
「問題は借金です」
八郎は帳面を指差した。
「城」
「庄屋衆」
「侍」
「全部が借金まみれになっている」
「商人は貸したくない」
「城は金がない」
「侍も苦しい」
「だから最後に民へ負担が行く」
「それが今、爆発してるだけです」
「じゃあどうすれば……」
「まず全部出してください」
「全部?」
「はい」
「表帳簿も」
「裏帳簿も」
「隠している証文も」
「全部です」
周囲がざわつく。
「それは……領主様の責任問題になります」
「分かっています」
「場合によっては追放になるかもしれません」
「首が飛ぶ話になるかもしれません」
「でも」
「現実を見ないと直せません」
八郎は続ける。
「今ここにいる商人さん」
「下級のお侍さん」
「農民さん」
「皆さんは変えたいと思っている」
「でも城が同じ方向を向かなければ無理です」
「城」
「商人」
「侍」
「民」
「全部同じ方向を向いて、初めてできます」
「ただ」
八郎は少し笑った。
「食べ物に困っている人がいると聞いて」
「何もしないのは嫌です」
「三十万文分」
「支援します」
周囲が驚く。
「それと市を出します」
「市を?」
「はい」
「店を出します」
「材料はそちらの農家さんや商家さんから買います」
「そして、その代金で証文を消します」
「少しずつ」
「借金を減らします」
「八郎様は……」
「妖術でも使っていると思っていました」
誰かがつぶやいた。
八郎は笑う。
「使えたら楽なんですけどね」
「違います」
「仕組みです」
「物を動かす」
「仕事を作る」
「銭を回す」
「証文を消す」
「それだけです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
庄屋衆が頭を下げた。
「なんとか……なりますか」
八郎は少し考えて答える。
「簡単ではありません」
「でも」
「なんとかします」
その言葉で空気が少し緩む。
すると一人の男が苦笑した。
「ただ八郎様にも責任がありますぞ」
「え?」
「捕虜を殺さず」
「うまい飯を食わせ」
「八郎領の話まで聞かせた」
「だから皆、希望を持ってしまったんです」
「八郎様のところなら救われる、と」
和尚が横で大笑いする。
「ほれ見ろ」
「お前が毒を撒いたんじゃ」
八郎が目を丸くする。
「毒ですか?」
和尚は笑う。
「そうじゃ」
「希望という毒じゃ」
「一度知ったら戻れん」
八郎は困った顔で言った。
「いやいや」
「僕は善意でやっただけなんですけどね」
館中が笑った。
だが誰も否定しなかった。
八郎の善意は。
いつの間にか国を動かす力になっていた。




