1533年10月1週目。八郎領とは裏腹に賠償で苦労する相良・阿蘇領。はざまの国人衆は割を食い領民の不満が一気に溜まる。
十月一週目。
八郎領で収穫の喜びが広がっていた頃。
北では、別の空気が流れていた。
相良領。
そして阿蘇領。
どちらでも同じような話が起こっていた。
「今年は豊作じゃ」
農民たちは久しぶりに笑顔だった。
雨にも恵まれた。
虫害も少なかった。
これなら冬も越せる。
そう思っていた矢先だった。
城から知らせが来た。
「今年は年貢を増やす」
村人たちは顔を見合わせた。
「……は?」
「なんでじゃ?」
「今年は確かに取れた」
「でもだからと言って急に増やされる話ではなかろう」
「城の蔵も空ではないはずじゃ」
「何に使うんじゃ」
不満が広がる。
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さらに奇妙なことが起きた。
集めた米の一部が、城ではなく別方向へ運ばれていた。
「待て」
「それ、どこへ持っていく?」
役人は答える。
「阿蘇との取り決めじゃ」
「互いに食料を融通する」
一方、阿蘇側でも同じ説明がされていた。
「相良と融通するためじゃ」
しかし。
荷を運ぶ者たちは気づく。
道がおかしい。
相良へ行くはずの米。
阿蘇へ行くはずの米。
それらが途中で向かう先。
「……これ」
「八郎領の方角ではないか?」
その話を聞いた一人の男が苦笑した。
先の戦で兵として出され、捕虜になった男だった。
「まあ……そういうことじゃろうな」
周囲が見る。
「何を知っとる?」
「負けたからじゃ」
「負けた?」
「そうじゃ」
「八郎様のところへ攻め込んで」
「大敗した」
「捕虜も大量に取られた」
「武具も失った」
「土地を取られんかっただけありがたいぐらいじゃ」
村人たちは驚く。
「じゃあ」
「この米は……」
「賠償じゃろう」
空気が変わる。
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「待て」
「おかしいじゃろ」
一人が声を上げる。
「戦を決めたのは誰じゃ」
「わしらか?」
「違う」
「領主様じゃ」
「攻めようと言ったのも」
「兵を出したのも」
「上じゃ」
「それで負けて」
「なんで俺らが払うんじゃ」
不満は一気に燃え広がった。
もちろん相良も阿蘇も予想はしていた。
だから兵を置いた。
見張りも増やした。
「騒ぐ者は捕らえよ」
「今は耐えるしかない」
大きな領地だからこそ押さえ込めた。
不満はあっても、すぐには崩れない。
だが問題はその間にある小さな国人衆だった。
彼らは違った。
兵力も少ない。
蓄えも少ない。
そして、先の戦で大きな痛手を受けていた。
武具を失った。
兵糧も使った。
銭もない。
「商人に借りればいい」
以前ならそうだった。
しかし。
「申し訳ありません」
「今回は……」
商人たちは首を振った。
「また八郎様と揉める可能性がある土地には貸せません」
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国人衆は焦った。
ならば取るしかない。
領民から。
増税。
追加負担。
労役。
だが、それが最後の一押しになった。
「もう無理じゃ」
「なんで苦しい時ほど取られるんじゃ」
その時。
誰かが言った。
「八郎様のところは違ったぞ」
振り向く。
また捕虜だった者だった。
「俺は見た」
「捕虜なのに飯を食わせてもらった」
「温かい汁が出た」
「腹いっぱい食えた」
「敵なのにじゃ」
そして続ける。
「それだけじゃない」
「あそこでは証文が消えている」
「借金が減るんじゃ」
周りがざわめく。
「そんな馬鹿な話があるか」
「俺もそう思った」
「でも本当だった」
「商人が笑っていた」
「農民も笑っていた」
「侍まで笑っていた」
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その言葉は重かった。
なぜなら。
ただの噂ではない。
実際に行った者の話だったから。
「こっちは勝手に戦を始められ」
「負けたら払わされる」
「向こうは借金を減らして」
「仕事まで作る」
「なら……」
誰かが小さく言った。
「八郎様に治めてもらった方が良いんじゃないか」
その一言。
今までなら反逆だった。
しかし。
誰も否定しなかった。
領主への忠義。
家への誇り。
それだけでは腹は膨れない。
そして一度見てしまった。
別の生き方を。
十月。
収穫の季節。
相良と阿蘇は戦には負けた。
だが本当に苦しい戦は、ここから始まろうとしていた。
敵は八郎ではなかった。
自分たちの領民の不満だった。




