1533年10月1週目。八郎一家でご飯を食べながら近況を聞く。相良・阿蘇が収穫物を賠償金代わりの現物で持ってきてからの揺れ動きの予感を共有する八郎。
十月一週目。
久しぶりに家族だけで朝飯を食べる時間ができた。
とはいえ、八郎の前には相変わらず小さな帳面が置いてある。
それを見て母がため息をついた。
「八郎」
「飯の時ぐらい帳面置き」
八郎は苦笑する。
「癖になってしまいました」
「最近、数字ばっかり見てますから」
そう言いながら顔を上げる。
「皆さん、最近どうですか?」
まず一郎と二郎を見る。
「兄様方、収穫はどうですか?」
一郎が笑った。
「忙しい」
「それしか言えん」
二郎もうなずく。
「稲刈りの時期は仕方ないわ」
「ただな」
「昔とは違うぞ」
八郎が首を傾げる。
「違う?」
「ああ」
「みんな明るい」
一郎は続ける。
「前なら収穫言うてもな」
「年貢払った後、借金返して、冬越せるか考える時期やった」
「でも今年は違う」
「証文が消えた」
「市で銭が回る」
「冬の仕事まである」
「みんな八郎のおかげや言うとる」
八郎は少し照れる。
「いや、みんなが頑張ったからですよ」
「そういうところや」
一郎は笑った。
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次に八郎は三郎と母を見る。
「料理の方はどうですか?」
母は肩を回した。
「忙しいわ」
「毎日毎日、飯作って、人教えて」
「料理教室みたいになっとる」
三郎も笑う。
「でも面白いぞ」
「最初は包丁もまともに持てんかった者が、今は普通に飯を作れる」
「人が育っとる」
八郎は安心したように頷いた。
「それは助かります」
「たぶん……」
「また必要になります」
母の目が細くなる。
「また?」
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八郎は今度、四郎と五郎を見る。
「兄様方」
「市はどうですか?」
四郎は笑った。
「盛り上がっとるぞ」
「蜂蜜饅頭も売れとるし」
「芋の話も広がっとる」
五郎も続ける。
「特に湯浴みやな」
「足伸ばせる大きな湯ができるって話で大騒ぎや」
「本当に作るんかって何回も聞かれる」
八郎は笑った。
「作りますよ」
「冬の仕事にもなりますから」
そこで八郎が少し真面目な顔になる。
「じゃあ、今のうちですね」
「準備するなら」
全員が嫌な予感を覚える。
「何をや」
「たぶん」
「一ヶ月以内に」
「また領地が増える話になります」
沈黙。
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一郎が呆れた顔をする。
「八郎」
「領地は畑の芋みたいに勝手に生えてこんぞ」
周囲が笑う。
八郎も笑った。
「分かってます」
「でも理由があります」
「相良と阿蘇です」
空気が変わる。
「今回、賠償として合計三百五十万文払う約束になりました」
「現物でもいいと言いました」
「ということは」
「収穫した米や物資がこちらへ流れてきます」
二郎が頷く。
「まあ、そうなるな」
「でも」
「それを領民が見たらどう思います?」
少し間が空く。
三郎が答える。
「何でうちの米が敵だった八郎領へ行くんや……か」
「はい」
「しかも相良も阿蘇も戦で負けています」
「捕虜の武具も失った」
「兵を整えるには銭がいる」
「でも商人は貸したがらない」
「となれば」
「税を上げる可能性があります」
母が顔をしかめる。
「民が苦しくなるな」
「はい」
「そして」
「八郎領では証文が消えた」
「湯ができた」
「冬でも仕事がある」
「飯もうまい」
「そういう話が捕虜から戻っています」
四郎がため息をついた。
「羨ましがる者は出るな」
「はい」
「特に相良や阿蘇直属ではない国人衆」
「あそこが一番揺れると思います」
「だから準備します」
八郎は一人ずつ見る。
「三郎兄様」
「母様」
「また料理人を出すことになるかもしれません」
「新しい市を開くなら、最初に必要なのは飯です」
母は呆れる。
「また飯から国作りか」
「それしかできませんから」
次に一郎と二郎。
「芋苗」
「今、領内に植えていますけど」
「さらに外へ広げる可能性があります」
「また必要になります」
二郎が笑う。
「ほんま先を見るな」
八郎は首を振る。
「違います」
「怖いだけです」
「急に人が増えて」
「飯が足りない」
「仕事がない」
「そうなったら終わりです」
母は静かに笑った。
「でもな」
「八郎」
「昔のお前なら混ぜ飯五十個売れるか心配しとったんやで」
「それが今は十五万石の飯の心配か」
家族みんなが笑った。
八郎も苦笑する。
「ほんとですね」
「一年で変わりすぎです」
一郎が飯を食べながら言う。
「まあ」
「来るなら来いでええやろ」
「飯食わせて」
「仕事作って」
「証文消す」
「八郎がいつもやっとることや」
八郎は少し考えてから頷いた。
「ですね」
「じゃあ」
「次のために準備だけしておきましょう」
十月。
収穫の季節。
八郎領は平和に見えた。
しかし周辺では、次の大きな流れが静かに動き始めていた。




