1533年9月4週目。収穫期、大量の寄付310万文が来る。湯あみと市の立ち上げ費用、芋の苗代の付けを消す。大きな湯あみを作る話。
九月四週目。
帳面合わせの日。
館にはいつものように各地の代表が集まっていた。
戦の騒ぎも少し落ち着き、秋の収穫も見えてきた。
だが、八郎の前に置かれた帳面の量は以前よりさらに増えていた。
八郎はため息をつく。
「えー……」
「細かい数字は後で見てください」
周囲から笑いが起こる。
「八郎様、それ毎回言っておりますな」
「だって全部説明したら夜になります」
「今日は大きなところだけです」
八郎はまず頭を下げた。
「最初に」
「皆さん、たくさんの寄付ありがとうございました」
「合計すると……」
「三百十万文分」
「現物でいただきました」
周囲がざわつく。
それだけのものが自発的に集まった。
普通の領主なら税として取るもの。
しかし八郎の場合は違った。
証文を消してもらった礼。
生活が楽になった感謝。
そういう形で集まったものだった。
「では使い道です」
「まず湯あみ」
「百五十万文分のツケ」
「払います」
職人たちが頷く。
「それから」
「市を立ち上げた時の費用」
「九十万文」
「これも払います」
「合わせて二百四十万文」
商人たちが笑う。
「また証文が消えましたな」
「八郎様のところの証文は」
「書いたと思ったら消えますわ」
八郎は続ける。
「あと芋苗です」
「全領地に広げるため」
「五十万文分買いました」
「これも払います」
一郎が横で笑う。
「植える前に借金消えたな」
「はい」
「安心して増やせます」
そして最後。
八郎が帳面を見る。
「全部計算した結果」
「八郎商会として……」
「二百九十七万文」
「残りました」
静まり返る。
「……」
「二百九十七万?」
「はい」
次の瞬間。
ざわめきが起きる。
「とんでもない銭じゃ」
「一年ほど前まで混ぜ飯売っとったのに……」
「何なんじゃ八郎商会は」
八郎は慌てる。
「ちょっと待ってください」
「まだですよ」
「城の借金」
「侍さんの証文」
「大量に残ってますから」
商人が笑った。
「でも違いますぞ」
「昔の証文とは」
「何がです?」
「返ってくる気がする」
「それが大きい」
「最悪、八郎様に取り立てればいいですからな」
八郎は目を丸くする。
「三歳児から取り立てるんですか?」
「かわいそうと思わないんですか」
商人は笑う。
「銭の世界は厳しいですから」
「利息下げてください」
その一言で館中が笑いに包まれた。
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笑いが落ち着いたところで八郎が言う。
「それで」
「次なんですけど」
周囲が少し警戒する。
「八郎様の次は怖いですな」
「市を回って思いました」
「大きな湯浴みを作ります」
「大きな?」
「はい」
「足を伸ばせる湯です」
「男用、女用を分けます」
「一ヶ所四万文」
「市の数が百五十三」
「全部作ります」
「合計……」
「六百十二万文」
時間が止まった。
「……」
「六百万?」
「はい」
「八郎様」
「今、三百万近く残ったと言いましたよね?」
「はい」
「なんでもう倍使う話になるんですか」
笑いが起こる。
八郎は真面目な顔で答える。
「ただの湯じゃないです」
「冬の仕事です」
「農作業が減る冬」
「仕事がなくなります」
「すると銭がなくなる」
「借金になる」
「だから仕事を作ります」
「湯を沸かす人」
「掃除する人」
「薪を集める人」
「団子を売る人」
「芋を焼く人」
「全部合わせれば」
「三千人ぐらい関われます」
その言葉に空気が変わる。
単なる贅沢ではない。
仕事作りだった。
「しかも」
「一日三百文ぐらい利益が出ると思います」
「百五十三ヶ所なら」
「毎日少しずつ返せます」
「だから回収できます」
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和尚が笑った。
「八郎らしいの」
「普通なら銭が残ったら蔵に入れる」
「お前は仕事に変える」
職人も笑う。
「また忙しくなりますな」
「でも」
「こんだけ払ってくれるなら」
「作りがいがありますわ」
八郎は頭を下げる。
「お願いします」
「冬に」
「みんなが暖かい湯に入れるようにしてください」
九月四週目。
八郎商会は大金を得た。
そしてその大金は、すぐに領民の仕事へ変わることになった。
銭を貯める領主ではなく。
銭を回す領主。
その評判は、また領外へ広がっていくことになる。




