1533年9月3週目。田畑を見た後に始まりの市を見に行く。常連さんや市の人が話しかけているのに周囲の部下がびっくり。湯あみが欲しいです(笑)
市へ向かう道。
八郎は少し楽しそうだった。
最近は館で帳面。
借金。
戦後処理。
領地経営。
そんな話ばかりだった。
だから、久しぶりに最初の場所を見るのが楽しみだった。
「懐かしいですね」
八郎がつぶやく。
「ここから始まったんですよね」
最初はただの混ぜ飯。
少しでも家の助けになれば。
村の借金を減らせれば。
そんな気持ちで始めた小さな商いだった。
それが今では十五万石近い領地を動かしている。
市に入ると、すぐ声が上がった。
「あれ……」
「八郎様じゃ!」
一気にざわつく。
「本物か?」
「八郎様が市に来たぞ!」
人が集まってくる。
八郎は慌てる。
「いやいや」
「そんな集まらなくても」
しかし、みんな笑顔だった。
その中から一人の男が近づいてくる。
昔から市に来ていた常連だった。
「八郎様」
「懐かしいですなあ」
「ここで毎回、わいわい言いながら飯食ってましたな」
八郎は笑う。
「もう敬語やめてくださいよ」
「一年ですよ?」
「一年ちょっと前まで普通に話してたじゃないですか」
男は笑った。
「いやいや」
「今や領主様ですからな」
「十五万石近い土地を見るお方に」
「昔みたいには」
八郎は首を振る。
「違いますよ」
「ここがあったからです」
「ここで皆さんが食べてくれて」
「感想を言ってくれて」
「文句も言ってくれて」
「だから今、領地経営みたいな真似ができてるんです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
男は笑った。
「まあ確かに」
「昔から変でしたな」
「変!?」
「変ですわ」
周りが笑う。
「今日は混ぜ飯」
「次は汁」
「次は団子」
「その次は何か新しいこと」
「毎回、八郎は何を始めるんやって」
「みんな楽しみにしてましたから」
「それが今」
「領地全部でやってるだけですな」
八郎は苦笑する。
「規模がおかしくなりましたけどね」
人だかりはさらに増えていた。
子供たちは八郎を見る。
老人も手を合わせる。
「あそこから始まった」
皆が知っていた。
この市から。
混ぜ飯一つから。
借金が消え始めたことを。
八郎は周りを見る。
「せっかくなので聞きたいんですけど」
「困ってることあります?」
「あと、これ良かったとか」
すると常連が手を上げる。
「あります」
「なんです?」
「あの館の湯浴みです」
「あれですか?」
「はい」
「訓練した後、団子食って話聞くやつ」
「湯に入れるのが最高です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
周りも頷く。
「ただ……」
「混んでます」
笑いが起こる。
「無料で文句言うなって話なんですけど」
「でも、あの大きい湯船」
「あれはいいです」
「農村にも湯浴みはありますけど」
「やっぱり違います」
「大きい湯に浸かれるっていうのは」
「贅沢です」
八郎は考え込む。
「なるほど……」
「じゃあ、市にも作ります?」
全員が止まる。
「え?」
「男性用」
「女性用」
「二つ作って」
「働く人を六人ずつ」
「交代制にして」
「少し銭を取って」
「仕事になるようにする」
「どうです?」
一瞬静かになり。
「入りたいです!」
一斉に声が返った。
八郎は笑った。
「じゃあ考えます」
「職人さんに相談します」
「ただ」
「少し待ってくださいね」
「今、職人さん大忙しなんです」
「湯あみ作って」
「収穫用の杵作って」
「農具作って」
「倒れるぐらい仕事あります」
職人を知る者たちが笑う。
「確かに」
「最近ずっと働いとる」
「だから順番です」
「でも作ります」
「市が楽しい場所になった方がいいですから」
その様子を見ていた家臣たちは驚いていた。
「すごいな……」
一人がつぶやく。
「何がです?」
八郎が振り返る。
「いや……」
「普通、領主が来たら民は緊張します」
「頭を下げるだけです」
「でも八郎様の場合」
「普通に話しかける」
「困りごとを言う」
「一緒に考える」
「これだけの人数を自然にまとめている」
八郎は笑った。
「昔から話してただけですよ」
「ご飯食べながら」
帰り道。
八郎は市を振り返る。
混ぜ飯から始まった場所。
そこには今。
笑い声があった。
「帳面だけじゃ分からないですね」
「やっぱり外に出ないと」
そう言いながら。
八郎はまた館へ戻る。
新しい仕事の種を、いくつも抱えて。




