1533年9月3週目。相良と阿蘇の動き。八郎領への賠償金支払いと一揆がおきたときの相互での協力体制の確認。
九月三週目。
場所は変わり、肥後。
相良と阿蘇の重臣たちが向かい合っていた。
目の前には帳面。
そして地図。
だが、以前のような威勢のいい軍議ではない。
誰もが疲れた顔をしていた。
「さて……」
「八郎への支払いの件じゃが」
一人が重い口を開く。
「収穫後でよろしいという話だったな」
「はい」
「銭でなくともよい」
「米など現物でも受けるとのことです」
その言葉に何人かがため息をつく。
「ありがたい話ではある」
「銭で払えと言われたら終わっておった」
「しかし……」
「量が量です」
「動かせば必ず民に知られます」
沈黙。
七千で攻めた。
負けた。
捕虜を取られた。
賠償を払う。
これを民が知ればどうなるか。
誰もが分かっていた。
「勝ったとは言っておらん」
「だが負けたとも言っておらん」
「今さら言えぬな」
「では、米の移動はどうする」
「お互いの領内で融通する形にしましょう」
「相良から阿蘇へ」
「阿蘇から相良へ」
「表向きは備蓄調整」
「不足分の交換」
「その中に八郎領へ送る分を混ぜる」
「そうするしかありますまい」
皆が頷く。
「まさか」
「三歳児相手にここまで気を使うことになるとはな」
苦笑が漏れる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
次の問題。
「民が気づいた場合です」
空気がさらに重くなる。
「もし暴動になれば?」
「互いに助ける」
「そこは約束しておきましょう」
「相良で起これば阿蘇が」
「阿蘇で起これば相良が」
「鎮める」
だが、誰も喜んではいない。
本来なら外敵に向ける力。
それを自領の不満対策に使わなければならない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに武具の話になる。
「兵の立て直しは?」
「無理です」
即答だった。
「捕虜は戻ります」
「ですが武具は取られました」
「槍」
「弓」
「鎧」
「かなり失っています」
「新しく揃えるには銭が必要です」
「商人は?」
首を振る。
「貸しません」
「今回の敗戦で警戒されています」
「貸すなら個人の証文」
「あるいは高い利息でしょう」
「つまり……」
「しばらく戦はできません」
部屋に深いため息が広がる。
「困ったものだ」
「八郎を潰すつもりが」
「こちらが動けなくなった」
一人が言う。
「では、我々についてきた周辺国人衆は?」
「あの者たちはどうします?」
少し沈黙。
そして答えが出た。
「手が回らん」
「放置ですか?」
「仕方ない」
「こちらも傷だらけだ」
「助けようにも銭がない」
「兵も出せない」
「武具も足りない」
「今抱えれば、こちらまで沈む」
別の者が苦い顔をする。
「放置すれば……」
「八郎のところへ行くでしょうな」
「だろうな」
しかし反論は出なかった。
以前なら。
「裏切り者」
「討伐」
と言えた。
今は違う。
討伐する兵も銭もない。
「まあ……」
「八郎側も楽ではない」
「十五万石になったと言っても」
「拾った土地は借金だらけ」
「さらに国人衆を抱えれば」
「しばらく身動きは取れまい」
「緩衝地帯になるなら、それはそれでよい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結論は決まった。
八郎領とは争わない。
国人衆は無理に止めない。
まず自分たちを立て直す。
「今回で分かった」
「八郎は攻める相手ではない」
「攻めれば土地ではなく、人そのものを相手にすることになる」
「あの領地は妙だ」
「百姓も」
「商人も」
「武士も」
「なぜか一緒に戦う」
「あれを崩すには時間がかかる」
会議が終わるころ。
一人がぽつりと言った。
「疲れましたな」
誰も否定しなかった。
領土を広げようとして。
逆に銭を失い。
武具を失い。
周辺国人への影響力まで失った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一方。
八郎領では。
蜂蜜饅頭の甘さをどうするかで揉めている。
戦を考える者。
飯を考える者。
九月。
肥後の勢力図は、静かに変わり始めていた。




