1533年9月2週目。領地を面した島津家某流。(非宗家)会議の中で八郎の領地と隣り合ったことに対する不安や考察。
九月二週目。
薩摩。
島津の館では重臣たちが集まり、周辺情勢について話し合っていた。
地図の上には、薩摩、肥後、大隅、そして急速に勢力を伸ばした八郎領が描かれている。
家臣の一人が口を開いた。
「問題はここです」
指差した場所。
「八郎です」
「元は川内の小さな庄屋筋」
「それが今では肥後南部まで取り込み、十五万石近い勢力になっております」
「この伸び方は尋常ではありません」
別の武士も頷く。
「しかも相良と阿蘇の連合七千を退けたとか」
「三歳児などと笑っておりましたが……」
「笑えぬ存在になりましたな」
部屋の空気が重くなる。
「ならば先に叩くべきでは?」
一人が言った。
「大きくなる前に潰す」
「今ならまだ間に合うかもしれませぬ」
だが、年長の家臣が首を振った。
「やめておけ」
「なぜです?」
「理由はいくつもある」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まず一つ。
「八郎勢は攻めより守りが強い」
「相良と阿蘇が負けた理由を考えろ」
「兵の数では勝っていた」
「武士の経験でも勝っていた」
「それでも負けた」
「なぜか」
「準備して待たれたからじゃ」
柵。
堀。
伏兵。
兵糧攻め。
領民の協力。
「あれは普通の国人衆の戦ではない」
「土地そのものを味方につけて戦っておる」
「こちらから攻めれば、同じ目を見る」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二つ目。
「領民じゃ」
「妙な話を聞いている」
「毎日のように館に百姓、商人、武士が集まるらしい」
「飯を食わせ」
「湯浴みをさせ」
「話をして帰す」
若い武士が首を傾げる。
「何の意味が?」
「分からん」
「だが分かることが一つある」
「好かれている」
「普通、領主が代われば反発が起きる」
「まして三歳児」
「普通なら侮られる」
「だが、吸収された土地で大きな反乱が起きておらん」
「つまり何か仕組みがある」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
さらに商人の話になる。
「商人衆の評判も悪くありません」
「むしろ八郎領へ行きたがる者もいるとか」
「なぜだ?」
「銭払いが良いようです」
「それと……証文が消えるとか」
部屋がざわつく。
「証文が消える?」
「詳しくは分かりません」
「ですが、商いを増やして借財を減らしているらしいです」
年長の家臣が腕を組む。
「そこじゃ」
「だから簡単には動けん」
「以前、周辺の国人衆を攻める話もあった」
「しかし商人から言われた」
『攻めるなら証文は燃やさないでください』
『借金ごと引き継いでください』
「とな」
「土地を取れば終わりではない」
「借金も」
「荒れた村も」
「不満を持つ武士も」
「全部抱えることになる」
「八郎はそれをやっている」
「十五万石になったと言えば聞こえはいい」
「だが実際は」
「十五万石分の借金も背負っている」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別の家臣が言う。
「では、八郎は今攻めてこないと?」
「まず来ない」
「なぜです?」
「忙しいからだ」
笑いが起こる。
「戦どころではない」
「新しく入った土地の帳面整理」
「借金処理」
「商い作り」
「武士の不満解消」
「やることだらけじゃ」
「しかも今、八郎の目は北を向いている」
「相良」
「阿蘇」
「あちらと一戦して勝った」
「まだ火種は残っている」
「肥後方面で必ずもう一波乱ある」
島津の者たちは地図を見る。
南には島津同士の争い。
北には八郎。
「つまり?」
「八郎は放置でいい」
「ただし油断ではない」
「敵に回すな」
「刺激するな」
「商人を通じて情報は集めろ」
「だがこちらから殴りに行く必要はない」
「今見るべき相手は島津本家じゃ」
「身内の争いを片付ける方が先」
そう結論づけられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その頃。
八郎はそんな会議が行われていることなど知らず。
蜂蜜饅頭の甘さ調整で悩んでいた。
「もう少し蜂蜜減らした方が利益出るかな」
「いや、でも甘い方が喜ぶかな」
周りは笑う。
南では島津が警戒し。
北では相良、阿蘇が頭を抱える。
その中心の三歳児は。
今日も飯と帳面のことだけを考えていた。




