1533年8月4週目。帳面合わせ。戦費の足が出た分を庄屋衆の寄付で穴埋め。残った利益を戦ってくれた侍衆に還元。
八月四週目。
夕方。
いつものように館の大広間には、武士、商人、村の代表、寺の者たちが集まっていた。
戦が終わって初めての本格的な帳面合わせ。
皆、少し緊張した顔をしている。
八郎が帳面を前に置いた。
「では、始めましょうか」
「細かい数字は後で皆さん確認してください」
「今日は大きな流れだけ話します」
まずは戦費だった。
「今回、相良様、阿蘇様との戦でかかった費用」
「村の修復」
「亡くなった方へのお悔やみ」
「怪我人への手当」
「全部入れました」
「ここは絶対に削りません」
八郎は強く言った。
「守ってくれた人を大事にしない土地なんて、誰も守りたいと思いませんから」
武士たちは静かに頭を下げる。
「そして」
「薩摩川内」
「それから戦場にならなかった土地の皆様」
「今回、現物で寄付をいただきました」
「ありがとうございます」
商人や農民たちは笑う。
「いやいや、八郎様」
「こっちが助けてもらっております」
「証文を消してもらった恩がありますので」
八郎は頭を下げた。
「その分を戦費の不足分に充てました」
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そして帳面をめくる。
「全部合わせまして」
「八郎商会の利益ですが」
「二百二十一万九千八百文になります」
ざわっ。
広間が揺れた。
「に、二百万……」
「戦の後なのに増えてるんですか?」
八郎は苦笑する。
「皆さんが協力してくれたからです」
「ただし、ここから使います」
「まず湯あみです」
「館で訓練」
「炊き出し」
「湯浴み」
「団子を食べながら帳面を見る」
「これを広げます」
「薩摩川内以外にも必要です」
「なので湯あみ分」
「三十二万文」
「計上します」
「残り」
「百八十九万九千八百文」
ここで八郎は武士たちを見る。
「次です」
「お侍さん方」
武士たちが姿勢を正す。
「今回、戦っていただきました」
「それから各地から助けにも来ていただきました」
「なので」
「武士方の証文を少し消します」
ざわつく。
「え?」
「我らのですか?」
「はい」
「三十万文ずつ」
「返済に回します」
一瞬、誰も声を出せなかった。
「八郎様」
「そこまでしていただけるのですか?」
「もちろん全部ではありません」
「今回、戦場になった肥後南部については、復旧優先です」
「寄付もありませんでしたから、順番になります」
「でも」
「助けに来てくれた方」
「領を守ってくれた方」
「そこには報いたいです」
武士たちは深々と頭を下げた。
「ありがたい……」
「正直、武士の証文など後回しだと思っておりました」
八郎は首を振る。
「武士も領民です」
「借金で苦しいままなら」
「いい仕事なんてできません」
さらに帳面を進める。
「あと」
「杵ですね」
「ああ、一郎兄さんたちの」
「はい」
「水車の力を利用した米つき用の杵」
「百個作ります」
「村と八郎商会で半分ずつ」
「八郎商会負担分も入れます」
「それでも最終的に」
「八郎商会には八十九万文ほど利益が残ります」
またざわつく。
「それだけ使ってまだ残るんですか……」
商人が呆れたように笑った。
「普通は銭を貯めるものですがな」
「八郎様は入った瞬間に使い道を決めますな」
八郎も笑う。
「貯めても増えませんから」
「回した方が増えます」
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商人衆は顔を見合わせる。
「しかし……」
「一週間でここまで変わるとは」
「戦が終わったばかりなのに」
「湯浴みが増え」
「杵が増え」
「武士の借金まで減る」
「普通逆ですぞ」
「戦の後は増税です」
八郎は肩をすくめる。
「増税したら、みんな苦しくなるだけじゃないですか」
最後に八郎は全員を見る。
「来月からです」
「もっと証文を消します」
「市」
「交易」
「焼酎」
「椎茸」
「紙」
「全部動かします」
「そしてお願いがあります」
皆が耳を傾ける。
「もし余裕が出たら」
「また寄付という形で協力してください」
「無理はしなくていいです」
「でも」
「余った米」
「野菜」
「材料」
「そういうものを出していただけたら」
「それを市で回して」
「お侍さん方の証文も」
「城の借金も」
「どんどん消します」
和尚が笑った。
「八郎」
「お前はまた変なことを言う」
「普通、領主は民から取る」
「お前は民に稼がせて」
「余ったものを少し貸してくれと言う」
八郎は笑う。
「だって、その方が長続きしますから」
その場にいた者たちは思った。
この土地は変わっている。
三歳児が中心。
帳面をみんなで見る。
銭を隠さない。
利益を分ける。
借金が減る。
戦で勝ったから強いのではない。
この仕組みがあるから強い。
そう感じながら、八郎領の八月は終わろうとしていた。




