1533年8月1週目。相良・阿蘇の連合軍が来ると想定して軍議を開く。基本は城にきてもらう。騎馬でつついて軍を割る。速度を落とす。周囲の外側に左右に伏兵。機をみて兵糧を焼く。
八月一週目。
朝。
肥後の山道を、相良方の物見が静かに進んでいた。
「八郎のところ、肥後南部を抱えたらしい」
「国人を追放したとも聞く」
「今なら揺れとるはずじゃ」
その報告は、すぐに相良方の陣へ届いた。
相良の家中では、阿蘇との連携も含め、八郎討伐の話が出始めていた。
「薩摩の三歳児が肥後へ手を伸ばした」
「放っておけば南肥後が丸ごと飲まれる」
「今叩かねばならん」
だが、相良単独では危うい。
そこで阿蘇方にも声がかかる。
相良、阿蘇、周辺国人を合わせれば七千ほど。
「寄せ集めでも数で押せる」
「八郎は急に大きくなっただけ」
「肥後の者も、まだ従い切っておらん」
そう見ていた。
一方、八郎の館でも、同じ朝に軍議が開かれていた。
八郎は地図を広げる。
「一ヶ月以内に来ます」
「相良と阿蘇、連合で七千前後」
武士たちは息を飲む。
「こちらはどれほど出せますか」
「全部なら七千くらいです」
八郎は言う。
「ただし全部は出しません」
地図の南を指す。
「島津があります」
「今すぐ来るとは思いません。内輪争いもありますし、緩衝地帯もあります」
「でも念のため、二千は南に残します」
「今回使えるのは五千です」
八郎は石を並べた。
「館に二千から二千五百」
「騎馬五百。二百五十ずつ二組」
「残り二千は伏兵」
「正面から勝とうとは思いません」
古参の武士が問う。
「ではどうします」
「来てもらいます」
八郎は静かに答えた。
「領内への侵入は許します」
「村や町の人は戸締まりし、食料を隠して逃げてください」
「焼かれた家や小屋は補填します」
農民代表が顔を上げる。
「本当に?」
「はい。家より人です」
前線では騎馬五百が動く。
相良・阿蘇連合が進軍すれば、まず二百五十が突く。
すぐ逃げる。
追わせる。
また別の二百五十が横から突く。
「倒すためではありません」
「怒らせて、疲れさせて、館へ向かわせます」
危なくなれば、寺や神社へ逃げ込む。
館へ続く道には、土嚢、柵、杭、堀を作る。
「できれば一本道にします」
「町へ広がらせたくありません」
「敵は壊しながら来るでしょう」
「それでいいです」
「時間がかかれば、七千の飯が減ります」
門は破られる前提だった。
「門を破って、勝ったと思わせます」
その奥に広場を作る。
狩り場だ。
三方向に弓兵を置く。
四列で順に射る。
敵が接近するまで矢を切らさない。
崩れたところを槍で押す。
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「敵が退き始めたら、伏兵を動かします」
ただし伏兵は館近くには置かない。
相手も警戒する。
少し離れた場所に潜ませ、横から削る。
そして最重要の仕事があった。
「兵糧を探してください」
「奪えるなら奪う」
「無理なら焼く」
「七千人は、飯がなければ軍ではありません」
相良方は、八郎を新興の若い勢力と見ていた。
だが八郎は、相手の強さを兵数ではなく飯で見ていた。
兵糧が焼ければ、連合軍は帰るしかない。
退くところを騎馬が追う。
農民や町人は三人一組、五人一組で、逃げ道を知らせ、荷物を止め、足を遅らせる。
無理はさせない。
目的は討ち取ることではない。
軍として壊すことだった。
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八郎は言った。
「七千で来て、三千で帰れば、次は来られません」
「相良も阿蘇も考え直します」
古参武士が唸る。
「これは敵兵を倒す戦ではありませんな」
「はい」
八郎は頷いた。
「軍を崩す戦です」
和尚が笑う。
「飯屋の戦じゃな」
「こちらの飯を守り、相手の飯を断つ」
八郎は少し困った顔で言った。
「だって、飯がなければ人は動けませんから」
その場の誰も笑わなかった。
相良と阿蘇は、数で勝てると思っている。
だが八郎は、数ではなく、道と飯と疲れを見ていた。
戦はまだ始まっていない。
しかし朝の時点で、すでに八郎の戦は動き出していた。




