1533年8月1週目。数日後、肥後の武士達と商人衆は八郎のもとへ戻ってきた。領主を追放することで相良、阿蘇との火種の可能性が出る。
数日後。
肥後の者たちが再び八郎の館へ戻ってきた。
ただし今回は、以前とは様子が違った。
連れてこられた者たちがいた。
縄をかけられた十数人の国人衆。
元領主。
そして側近たちだった。
八郎は驚いた顔をする。
「……これは?」
肥後の武士が頭を下げる。
「この者たちが隠しておりました」
「帳面も」
「借金も」
「そして市への妨害も」
商人も続ける。
「裏帳簿が出ました」
「城の借金」
「千五百万文」
その数字に周囲がざわついた。
八郎は縛られた領主を見る。
「どうします?」
「何をじゃ」
「返せます?」
「千五百万文」
領主は顔を歪めた。
「返せるわけなかろう!」
「そうですよね」
「我らだって苦しかったのじゃ!」
「お前に負けて!」
「武具も取られて!」
「どうしようもなかったのじゃ!」
八郎は静かに聞いていた。
そして言った。
「苦しいのは分かります」
「でも」
「返せないものを借り続けて」
「その負担を領民や下の武士に押し付けるのは違います」
領主は怒鳴った。
「では!」
「わしらを斬るのか!」
「違います」
「ならどうする!」
八郎は答えた。
「追放です」
場が静まった。
「家族と共に」
「相良でも阿蘇でも」
「縁があるところへ送ります」
領主の顔色が変わる。
「馬鹿な!」
「わしを追えば相良が黙っておらんぞ!」
「阿蘇も動くぞ!」
八郎は頷いた。
「可能性はありますね」
「ほら見ろ!」
「ですが」
「だから許す、とはなりません」
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「確かに」
「あなた方を追放すれば火種になるかもしれません」
「相良と阿蘇が」
『八郎が国人を追放した』
と言って攻める理由にするかもしれません」
「分かっておるなら!」
八郎は首を振った。
「でも」
「ここで何もしなかったら」
「この土地の人たちは八郎を信用しません」
八郎は肥後の武士たちを見る。
「この領地は預かります」
「ただし」
「全部私が決めるわけではありません」
「家臣団は組み直してください」
「この土地を知っているのは皆さんです」
「私は帳面を見る」
「仕組みを作る」
「一緒に減らしていく」
「それだけです」
武士たちは深く頭を下げた。
その時、縛られた領主が笑った。
「城の借金はどうする」
「千五百万文だぞ」
「そんなもの返せるものか」
八郎は答える。
「交易します」
「交易?」
「はい」
「米焼酎」
「干し椎茸」
「紙」
「特産品を作って外へ売ります」
「少しずつ返します」
領主は鼻で笑った。
「そんなもので返せるか」
「それと」
「寄付です」
その瞬間、領主は笑った。
「寄付?」
「馬鹿か」
「誰が好き好んで銭を出す」
八郎は首を傾げる。
「でも」
「ありましたよ」
「何?」
「薩摩仙台では」
「庄屋衆の証文を消した後」
「農民の方々が」
「一週間、仕入れ分を現物で出してくれました」
「三十九万文分」
領主たちは黙る。
「一週間で」
「三十九万文です」
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そこで和尚が口を開いた。
「殿」
「八郎がやっとることは」
「ただ借金を消しているのではありません」
「不安を消しているのです」
皆が和尚を見る。
「証文が消える」
「利息が消える」
「明日の心配が減る」
「そうなると人は」
『今度は助けたい』
と思うものです」
「それが八郎の強さです」
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だが元領主は最後まで認めなかった。
「覚えておれ」
「相良へ行く」
「阿蘇にも伝える」
「八郎は国人の土地を奪ったとな!」
八郎は静かに答えた。
「そう言われるかもしれません」
「なら?」
「その時は受けて立ちます」
「こちらはこちらの領民を守るために戦います」
その言葉に肥後の武士たちは顔を上げた。
今まで彼らは領主を守るために戦ってきた。
だが。
この三歳児は違った。
領民を守るために戦うと言った。
一人の武士が頭を下げる。
「八郎様」
「我らも共に」
こうして肥後南部は完全に八郎の傘下へ入った。
ただし同時に。
相良と阿蘇という、新しい火種も生まれたのだった。




