1533年8月1週目。帳面合わせの前に薩摩、肥後の武士達が来る。薩摩は城の負債がでる。1200万文。肥後は市を開けたが妨害される。もっと何かあると読み領主を問い詰めることを提案する八郎。
八月一週目。
帳簿合わせを始めようとしたところで、薩摩と肥後から使者たちが訪れた。
以前、八郎の下に入りたいと願い出た国人衆たちである。
八郎は座るよう促した。
「どうでした?」
まず頭を下げたのは薩摩側だった。
「……探しました」
「かなり?」
「はい」
使者は疲れた顔で笑った。
「蔵も、帳面も、商人との控えも、全部です」
「領主様は最後まで嫌がりました」
「でしょうね」
八郎は頷いた。
「で、どれぐらいありました?」
使者は小さく答えた。
「……千二百万文ほど」
周囲がざわめく。
だが八郎は驚かなかった。
「やっぱりですね」
「驚かれないのですか?」
「前の三百万文の方がおかしかったです」
八郎は淡々と言った。
「受けられそうですね」
その言葉に薩摩側の顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「はい」
「借金があるから無理、ではありません」
「分からない借金があるから無理なんです」
「傷が分かれば治療できます」
「隠されたら何もできません」
商人たちは頷いた。
八郎のやり方を何度も見てきた者ほど、その意味が分かった。
「ただ」
「順番は肥後からです」
薩摩側が顔を上げる。
「やはり島津ですか」
「はい」
「島津本家があります」
「今は争っています」
「でも、こちらが近づきすぎれば」
「外敵としてまとまる可能性があります」
「だから少し時間が欲しいです」
「ただ、市は動かし始めましょう」
「完全に放置はしません」
薩摩側は安心したように頭を下げた。
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次に肥後だった。
しかし、こちらの顔色は悪かった。
「どうしました?」
八郎が聞く。
「市は開きました」
「はい」
「売上は六十万文ほど動きました」
「良いじゃないですか」
「ですが……」
「損失が十五万文ほど」
八郎が首を傾げる。
「何の損ですか?」
「市そのものは開けました」
「ただ……」
「邪魔が入りました」
「邪魔?」
「店を荒らす者」
「文句を言う者」
「なぜ三歳児の言うことを聞かねばならん、と」
周りの空気が変わる。
八郎は静かに聞いた。
「それは農民ですか?」
「いえ……」
「侍です」
皆、納得した。
肥後は国人衆の土地。
小さな領主が乱立し、それぞれ誇りがある。
簡単に頭を下げられない者もいる。
「たぶん」
八郎は言った。
「領主様も関わっていますね」
「え?」
「自分の立場が危ないからです」
「本当の帳面を見られたら困る」
「だから不満を煽る」
「ありえます」
しばらく沈黙。
そして八郎は言った。
「では、一度止めましょう」
全員が驚いた。
「え!?」
「待ってください!」
「我々も何とかします!」
八郎は首を振った。
「頑張るだけでは無理です」
「協力する気がない土地は助けられません」
「薩摩にも言いました」
「全部出してください、と」
「隠したままでは治せません」
肥後側は黙る。
八郎は聞いた。
「城の借金、本当にいくらでした?」
「千万文ほど……」
「もう少しありますね」
即答だった。
「なぜ分かるのですか?」
「嫌がり方です」
「本当に千万なら、もう出しています」
「それより先を見られたくないんです」
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そこで八郎は商人たちを見る。
「お願いがあります」
「はい」
「一緒に行ってください」
「そして本当の証文を押さえてください」
「押さえる?」
「はい」
「最悪、燃やされます」
商人たちの顔色が変わった。
「証文を?」
「はい」
「僕が相手なら燃やします」
「どうせ失脚するなら」
「嫌がらせします」
その言葉に商人たちは慌てた。
「それは困ります!」
「全部損になりますぞ!」
「だから早く行った方がいいです」
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その時だった。
横で聞いていた母が怒った。
「もう放っておけばいいでしょう」
皆が振り返る。
「八郎がここまで考えて」
「助けようとしているのに」
「それでも邪魔するなら」
「勝手に滅びればいい」
空気が凍る。
八郎が慌てた。
「母上」
「それは言い過ぎです」
「でも八郎」
「あなたが倒れるまで考える必要はないでしょう」
周囲は思った。
八郎より母親の方が怖い。
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八郎は肥後側を見る。
「今回は市を広げません」
「まず安定させます」
「原価は少なくていいです」
「損をなくしてください」
「動く形を作ることが先です」
肥後側は深く頭を下げた。
「ただし」
八郎は続ける。
「今回動いた六十万文」
「庄屋衆から仕入れた分ですね?」
「はい」
「なら、その六十万文分は証文から消します」
肥後側が顔を上げた。
「消してくださるのですか?」
「約束ですから」
「失敗した部分と」
「動いた部分は別です」
商人たちが頷いた。
「それなら説得できます」
「六十万文減ったという事実があります」
八郎は静かに言った。
「助けることはできます」
「でも一緒に動いてくれないと無理です」
「領地を変えるのは」
「僕一人ではありません」
その言葉を持って、肥後の者たちは再び自分たちの土地へ戻っていった。
今度は八郎に頼むためではない。
自分たちが変わるためだった。




