1533年7月4週目。八郎の新しい試み。週二回の宴会と週五回の訓練の混ぜ合わせ。商人と交易の話で盛り上がる。
七月四週目。
八郎の新しい試みが始まった。
館での宴。
最初、領民たちは戸惑っていた。
「本当に入ってよいのか?」
「館じゃぞ?」
「武士様もおるぞ?」
今までなら、領主の館など農民や町人が気軽に入る場所ではない。
しかし門番は笑って通す。
「今日は宴の日じゃ」
「飯を食っていけ」
そう言われ、中に入る。
参加費五十文。
決して安くはない。
だが料理は十分。
猪鍋。
魚。
団子。
珍しい料理。
そして何より、普段会わない村の者や商人、武士と話せる。
最初はぎこちなかった空気も、酒と飯が入ると変わった。
「そちらの村では芋を作っとるんか」
「うちは椎茸を始めたぞ」
「今度取引せんか」
そんな話が自然と生まれる。
八郎はそれを端で見て頷いた。
「まあ、最初なら十分ですね」
そして別の日。
朝。
槍と弓の訓練。
その後、炊き出し。
湯浴み。
団子。
これも始まった。
湯あみは予想通り混んだ。
「順番待ちが長いぞ」
「もう少し増やせんのか」
そんな声も出る。
だが。
「まあ、湯につかれるだけありがたいわ」
「仕事終わりなら最高じゃ」
不満より喜びが大きかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして団子を食べながら、八郎は帳面を広げる。
「今、この領地はこうなっています」
最初、皆驚いた。
「領民に城の帳面を見せるのですか?」
「はい」
八郎は普通に答える。
「知らないと協力できませんから」
庄屋衆の証文。
武士の証文。
そして城の借金。
説明していく。
すると一人の農民が言った。
「八郎様」
「はい」
「商人さんや侍さんの借金は減っとるのに」
「城の借金はあまり減らんのですな」
八郎は頷いた。
「そうなんです」
「増えてはいません」
「それは大事です」
「でも減っていません」
「なぜかというと」
「こうやって宴をしたり」
「訓練した人に飯を出したり」
「湯浴みを維持したり」
「領地を良くするためにも使っているからです」
皆、静かに聞く。
「なので八郎商会として考えています」
「方法は二つです」
「一つ目」
「寄付です」
周りがざわつく。
「税ではありません」
「お願いです」
「八郎という三歳児が頑張っている」
「応援してもいいと思った人だけでいいです」
「銭でなくていいです」
「米」
「芋」
「魚」
「椎茸」
「炭」
「八郎商会の市で使えるものなら助かります」
「それを城の借金返済に回します」
農民たちは顔を見合わせる。
以前なら強制だった。
だが今は違う。
自分たちの借金を消した相手からのお願いだった。
「二つ目です」
「交易です」
その言葉に商人たちが反応した。
「今、領地は八万石以上あります」
「作れるものがあります」
「米焼酎」
「干し椎茸」
「紙」
「こういう物を外へ売ります」
「例えば商人さん十人にお願いします」
「一人二万文分の商品を持って行ってもらう」
「倍で売れたとします」
「利益二万文」
「その二万文分だけ証文整理に協力してもらう」
商人が考える。
「つまり……」
「二倍以上で売れた分は?」
八郎は即答した。
「商人さんの利益です」
「え?」
「だって仕事ですから」
「危険な道を行く」
「交渉する」
「売る」
「そこは商人さんの腕です」
商人たちが顔を見合わせる。
悪い話ではない。
八郎はさらに続ける。
「しかも帰りがあります」
「帰り?」
「売った先の商品を買ってきてください」
「珍しい布」
「道具」
「調味料」
「高い物」
「それをこちらの寺市や市で売ります」
「行きで利益」
「帰りで利益」
「往復で動かします」
商人の目つきが変わった。
「八郎様」
「それ、商売ですぞ」
「はい?」
「ただ借金を返す話ではありません」
「販路を作る話です」
八郎は頷く。
「だから続くと思っています」
「無理やり返すんじゃないです」
「儲けながら消します」
「ざっくりですが」
「十人動けば月百〜二百万文単位で動かせる可能性があります」
「領内全部だと、まだ二千六百万文近い問題があります」
「すぐには無理です」
「でも」
「方法があるなら怖くないです」
その場が静まった。
少し前まで。
借金は絶望だった。
今は違う。
数字は大きい。
でも、道がある。
商人の一人が笑った。
「八郎様」
「なんです?」
「普通、百万文減らすだけでも歴史に残りますぞ」
「そうですか?」
「はい」
「なのにあなたは」
「まだ足りないという顔をしている」
八郎は帳面を見る。
「だって」
「まだ困ってる人いますから」
その一言で、誰も笑わなくなった。
この三歳児は金を集めているのではない。
金を動かして、人を動かしていた。




