1533年7月3週目。鳥獣の処理をお侍さんにしてもらい費用を庄屋衆の現物でもらい八郎商会を介して銭にする手法で借金を減らす。
7月3週目。
薩摩川内の館には、いつものように人が集まっていた。
商家衆、寺社の代表、侍衆、村のまとめ役。
以前なら帳簿合わせの日など、誰も楽しみにしていなかった。
「また借金が増えた」
「利息だけ払って終わりじゃ」
そんな暗い顔になる日だった。
だが今は違う。
八郎が帳面を開くたびに、誰かの証文が消えていく。
「では、今週の帳面合わせを始めます」
三歳の子供がそう言うと、大人たちが背筋を伸ばした。
八郎はまず商家衆を見る。
「まず薩摩川内についてですが、商家衆と農家さんの証文は一度全部消えました」
その言葉に、まだ信じられないという顔になる者もいた。
「一生かけても返せんと思っておったものが……」
「数ヶ月で消えるとは……」
商人も笑う。
「正直、わしらもこんな回収の仕方は初めてですわ」
八郎は続ける。
「ただ、今日は新しい相談があります」
「相談?」
「はい。お侍さん方についてです」
その瞬間、武士たちが顔を上げた。
まだ彼らには問題が残っている。
武士個人の借金。
約300万文。
商家衆ほど簡単には消えていなかった。
「今、山から猪や鹿が降りてきていますよね?」
「おりますな」
「畑を荒らされて困っております」
農民たちが頷く。
八郎は言った。
「では、それをお侍さんの仕事にしませんか?」
「仕事?」
「はい。領地を守る仕事です」
武士たちは顔を見合わせる。
「戦ではなく?」
「戦だけが守ることではありません」
八郎は首を振る。
「猪に畑を荒らされたら米が減ります」
「米が減れば年貢も減ります」
「領地が弱くなります」
「それを防ぐなら、立派な武士の仕事です」
一瞬静まり返った。
今まで誰もそんな考え方をしなかった。
八郎は帳面を指差す。
「そこで提案です」
「冬まで順番に山回りをお願いします」
「今月は半分なので10万文」
「来月以降は月20万文」
「冬まで合計90万文ほど仕事を作ります」
ざわっ。
侍たちが騒ぐ。
「90万文!?」
「そんな仕事をいただけるのですか!?」
しかし八郎は笑う。
「違います」
「いただく、じゃありません」
「仕事を頼んで、仕事をしてもらうんです」
「対等です」
その言葉に武士たちは黙った。
今まで銭を借りる立場だった。
頭を下げる側だった。
だが八郎は仕事として扱った。
「ただし、銭払いはまだ難しい」
「なので仕組みを作ります」
商人たちが身を乗り出す。
また八郎が何か考えている、と。
「農家さんから現物でいただきます」
「米、野菜、芋、山菜、何でもいいです」
「それを八郎商会が仕入れます」
「そして飯屋で使います」
商人が気付く。
「あ……」
八郎が頷く。
「そうです」
「今までと同じです」
「現物を仕入れるという形なら、帳面が動きます」
「おそらく3回ほど回せば、90万文分処理できます」
「つまり」
八郎は武士を見る。
「武士の皆さんの証文300万文」
「210万文まで減らせます」
その瞬間だった。
「おおおお!」
館が揺れた。
「本当ですか!?」
「わしらの借金まで!」
「消える見込みがあるのか!」
八郎は苦笑する。
「全部すぐではありません」
「でも進みます」
「止まっていたものが動きます」
商家衆も頷いた。
「いや、これはありがたい」
「侍衆の証文が消えれば、また銭が回ります」
「領地全体が良くなる」
八郎はさらに帳面を見る。
「あと今週の利益ですが」
「市の利益、7万文」
「寺市、5000文」
「湯あみ、9800文ほど」
「少しずつですが増えています」
周りは感心する。
「ほんの数ヶ月前まで借金しかなかったのにな」
「今は毎週何か増えておる」
武士の一人が頭を下げた。
「八郎様、仕事をいただきありがとうございます」
しかし八郎は困った顔をした。
「だから違いますって」
「え?」
「仕事を出して、仕事を受けてもらうだけです」
「ありがとうではなく、ちゃんと働いてください」
その言葉に皆笑った。
「三歳児に怒られたぞ」
「まったくだ」
八郎はさらに言う。
「あと、捕った猪や鹿ですが」
「肉はこちらにも持ってきてください」
「もちろん買います」
「何に使うので?」
「料理です」
全員が固まった。
「また飯ですか?」
「はい」
八郎は普通の顔で答える。
「三郎兄さんと母上が料理研究しています」
「あと料理教室もあります」
「猪鍋、鹿肉料理、干し肉」
「練習材料になります」
商人が吹き出した。
「本当に全部回しますな」
「獣退治が武士の仕事になり」
「肉が料理になり」
「料理が店になり」
「店が証文を消す」
和尚も笑った。
「普通なら猪が出たら災いじゃ」
「この子にかかると商売になる」
八郎は首をかしげる。
「だって、もったいないじゃないですか」
「山に銭が歩いてるようなものです」
その言葉に全員が笑った。
ただ笑いながらも、誰も否定できなかった。
この三歳児は本当に、捨てられていたものを次々と銭に変えている。
そしてその銭で、人を救っていた。




