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1533年7月3週目。領地に組み込む前にいったん諸々整理したり帳簿のこととか整えてください。

八郎は集まった薩摩、南肥後の武士たちを見回した。

「皆さんのお願いを聞くには、いくつか条件があります」

 その言葉に、武士たちは姿勢を正した。

 断られると思っていた。

 しかし条件ということは、可能性はある。

「まず一つ目です」

「薩摩と肥後の状況を教えてください」

「状況……ですか?」

「はい」

 八郎は頷く。

「私は下手な戦をしたくありません」

「領地が広がるということは、境も広がるということです」

「今、分かっていることは」

「薩摩には島津がいる」

「島津本家と、分かれた家同士で争っている」

「肥後には相良、阿蘇がいる」

「そこまでは分かっています」

「ですが、その間にいる国人衆」

「誰と誰が争っているのか」

「誰がどちらについているのか」

「そこが分かりません」

 武士たちは顔を見合わせる。

「つまり……」

「はい」

「もし皆さんの土地を受け入れて」

「翌日から島津本家と真正面」

「相良と真正面」

「そんなことになったら困るんです」

 周囲の者は思わず苦笑した。

 普通なら領土が増えると喜ぶ。

 しかし八郎は違った。

 増えた後の管理を考えている。

「できれば」

「周りが同じくらいの国人衆」

「調整できる場所から進めたいです」

「だから情報が必要です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「二つ目です」

「帳面を全部出してください」

 その瞬間、空気が変わった。

「全部……?」

「はい」

「城の借金」

「商家衆への掛け」

「武士への未払い」

「そして」

「裏帳簿も全部です」

 何人かが息を飲んだ。

「これは簡単ではありません」

 八郎は続ける。

「場合によっては」

「領主様の首が飛ぶ話になります」

 場が静まる。

「今回、皆さんは負けました」

「武具も失いました」

「戦費もあります」

「ということは」

「私たちが想像する以上の借金がある可能性があります」

「それを隠したまま」

「助けてくださいと言われても無理です」

「後から出てきたら」

「全部の計算が崩れます」

 以前から八郎についている者たちは頷いた。

 彼らも経験した。

 最初の帳面合わせ。

 怒号。

 絶望。

 だが、そこから始まった。

「揉めるところは」

「後回しにします」

「怖いので」

 三歳児らしい言い方だったが、内容は厳しかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「三つ目です」

「すぐ家臣になる必要はありません」

「え?」

「まず、市を出します」

 武士たちは首をかしげた。

「市?」

「はい」

「そこから始めます」

 八郎は説明した。

「勘違いされている方が多いですが」

「うちの城がものすごく儲かっているわけではありません」

「城の収支は、正直ギリギリです」

「では、なぜ証文が消えているのか」

「八郎商会です」

 周囲が頷く。

「八郎商会が市で飯屋をします」

「材料を買います」

「その材料を」

「借金を抱えた農家や庄屋衆から仕入れます」

「すると」

「現金ではなく、現物で返済できます」

「米」

「野菜」

「魚」

「薪」

「それを飯にして売る」

「そうすると」

「止まっていた証文が動くんです」

 武士たちは難しい顔をしていた。

「……つまり?」

 八郎は苦笑する。

「まだ分かりにくいですよね」

「簡単に言うと」

「借金を返すための仕事を作っています」

「借金があります」

「でも銭がありません」

「なら物で返す」

「その物を売れる形にする」

「それが飯屋です」

 少しずつ理解する者が出てきた。

「寺社の市も同じです」

「農民の方が掛けで買う」

「後で農作物で返す」

「その農作物をまた仕入れにする」

「銭だけではなく」

「物を回しているんです」

 商人が横から補足する。

「だから八郎様の強みは兵ではありません」

「銭の流れを戻すことです」

「城というより」

「八郎商会が領地を動かしていると言った方が近い」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 しかし、初めて聞く者たちは半分しか理解できなかった。

「飯屋で国を立て直す……?」

「借金を減らす……?」

「分かるような、分からぬような……」

 八郎は笑った。

「当然です」

「私も最初から全部できたわけではありません」

「だから」

「戻って話してください」

「領主」

「商家衆」

「武士」

「農民」

「皆がある程度理解しないと」

「入った後に揉めます」

「なんで飯屋なんだ」

「なんで帳面なんだ」

「そうなります」

 武士たちは黙って頷いた。

「分かったところから始めます」

「市を作る」

「湯あみを作る」

「寺社で市をする」

「少しずつ消します」

「でも」

 八郎は真剣な顔になる。

「城の借金」

「武士の借金」

「そこは、うちでもまだ途中です」

「魔法みたいに全部消えるわけではありません」

「だから丸抱えはできません」

 武士たちはようやく理解した。

 助けたくないのではない。

 壊さず助けるために、順番が必要なのだ。

「一度負けています」

「つまり戦費があります」

「皆さんが思っている以上に」

「帳面は悪いかもしれません」

 その言葉に、全員が黙った。

 帰り道。

 武士たちは複雑な顔だった。

「助かる道はある」

「でも簡単ではない」

「まず自分たちの借金を知らねばならん」

 半分納得。

 半分混乱。

 それが正直なところだった。

 残った商人衆はその背中を見ながら言った。

「まだ分かっておりませぬな」

 八郎は頷く。

「仕方ないです」

「借金を見るところから始めるなんて」

「普通、誰も考えませんから」

 和尚は笑った。

「三歳児が一番、現実を見ておるのう」

 誰も否定できなかった。

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