1533年7月。帳面合わせの前に薩摩、南肥後の国人衆の武士達が相談にくる。引き受ける前に色々してほしいと八郎
七月三週目。
本来なら、いつものように帳面合わせをする日だった。
だが、その前に館へ大量の人が押し寄せてきた。
薩摩側の国人衆の家臣。
そして南肥後側の武士たち。
まるで示し合わせたかのようだった。
「八郎様」
「お願いがございます」
代表の武士が頭を下げる。
「我らを……八郎様の下で働かせていただけませんか」
広間が静かになった。
話を聞けば、状況は予想以上に悪かった。
八郎領へ攻め込み、敗北。
捕虜となり、命は助かった。
しかし武具は没収された。
帰った後、領主から言われたのは。
「武具を買い直せ」
「次に備えろ」
だった。
「ですが、銭がありません」
「前の戦の給金もまだです」
「武具も自分で買えと言われます」
「商人にも借りられません」
「毎日、不安なのです」
「他国に攻められれば終わりです」
「だから」
「八郎様の下につきたい」
周囲の者たちは八郎を見る。
しかし八郎は、すぐには頷かなかった。
「待ってください」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「え……」
「簡単には受けられません」
武士たちは驚いた。
拒絶されるとは思っていなかった。
八郎は静かに説明する。
「今、私は八万五千石ほどを見ています」
「ですが、まだ整っていません」
「薩摩川内」
「薩摩南側」
「南肥後」
「全部、立て直し途中です」
「飯屋を作って」
「市を動かして」
「証文を整理して」
「ようやく少し前に進んだところです」
「だから」
「苦しいからすぐ来てください、とは言えません」
武士たちは黙った。
そこで八郎は逆に質問した。
「一つ聞きます」
「なぜ今」
「皆さんの領地は攻められていないと思いますか?」
「……」
「南には島津」
「北には相良や阿蘇」
「大きな勢力があります」
「皆さんは武具も少ない」
「銭もない」
「普通なら狙われてもおかしくありません」
武士たちは顔を見合わせた。
確かにそうだった。
「運が良かった……のでしょうか」
その時、横にいた商人が苦笑した。
「違います」
「え?」
「取る旨味が少ないのです」
その言葉に、武士たちの表情が変わった。
「どういう意味じゃ」
商人は説明する。
「実は薩摩側でも」
「攻めようという話はございました」
「ですが、我々商人は言いました」
『攻めるなら、証文は残してください』
『借りを引き継いでください』
「すると」
「皆、考えるのです」
「土地を取る」
「しかし同時に借金も抱える」
「荒れた土地」
「不満を持った家臣」
「大量の未払い」
「それを丸ごと受け取る価値があるのか、と」
武士たちは言葉を失った。
「そんなに……」
「我らの土地は……」
商人は首を振る。
「土地に価値がない、という意味ではありません」
「ですが」
「今の状態では重すぎるのです」
「あなた方自身も知らない借りがあるはずです」
「城の借金」
「商家への掛け」
「武士への未払い」
「八郎様のところもそうでした」
元から八郎についていた者たちが頷く。
「最初は皆、隠しておった」
「出してみたら、とんでもない額じゃった」
「でも出したから直せた」
商人は続ける。
「皆様、給金は出ていますか?」
「……」
「武具は支給されていますか?」
「……」
答えはなかった。
「それが現実です」
「大きな勢力が助けてくれないのは」
「冷たいからだけではありません」
「抱えるには整理が必要なのです」
さらに八郎が言う。
「それに」
「皆さんの土地を私が見るということは」
「境が変わります」
「今まで間にあった土地がなくなります」
「島津」
「相良」
「阿蘇」
「直接向き合うことになります」
「それも考えないといけません」
武士たちは初めて理解した。
助ける、助けない。
そんな単純な話ではなかった。
「では……」
「我らはどうすれば……」
商人が答える。
「まず知ることです」
「帳面を集める」
「借金を見る」
「未払いを見る」
「八郎様が受けられる状態に整える」
「それが先でしょう」
「もし島津様や阿蘇様に行っても」
「同じことを言われると思います」
「借金ごと丸抱えしてくださいと言われれば」
「誰でも悩みます」
広間は静まり返った。
攻められないのは強いからではなかった。
守られているからでもなかった。
ただ。
誰も抱えたくないほど、問題が積み上がっていたから。
その現実を知り、武士たちは青ざめた。
八郎は小さく息を吐く。
「だから」
「まず帳面です」
「そこからしか」
「立て直しは始まりません」
三歳児の言葉に、誰も笑わなかった。
今まで誰も見ようとしなかった現実。
それを見ることからしか、救いは始まらないのだと理解したからだった。




