1533年7月2週目。八郎の領地とは対照的に攻めて負けた周辺の国人衆の動向はよろしくない。
七月二週目。
八郎の領内では、少しずつ明るい声が増えていた。
薩摩川内では商家衆と農民の証文が消えた。
新しく加わった薩摩南側でも、借金は目に見えて減っている。
南肥後でも、市が動き始めた。
まだ城の借金。
武士の借金。
大きな問題は残っている。
だが、それでも皆が思っていた。
「前に進んでいる」
それだけで、人の顔は変わる。
しかし、周辺の国人衆たちは違った。
「どうするんじゃ……」
薩摩側の小国人たち。
肥後南部の小国人たち。
八郎に攻め込み、敗れた者たちは苦しい状況に置かれていた。
武具は取られた。
兵は帰ってきた。
だが問題はそこからだった。
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「新しい鎧は?」
「買えません」
「槍は?」
「足りません」
「商人から借りればよい」
その言葉に家臣が黙る。
「貸してくれません」
領主は顔をしかめる。
「なぜじゃ」
「今まで貸していただろう」
だが、商人たちも考えが変わっていた。
「戦で勝てるなら貸します」
「利益になるなら貸します」
「ですが」
「負けた戦の穴埋めには貸せませぬ」
さらに下級武士たちの不満も増えていた。
「給金はいつ出る」
「武具は自前」
「借金は残ったまま」
「また戦えと言われても困る」
上も下も苦しい。
誰もが不満を抱えていた。
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では、その弱った国人衆を周囲の大きな勢力は攻めないのか。
南には島津。
北には相良や阿蘇。
力を持つ勢力は存在している。
普通なら、弱った隣国は狙い目だった。
しかし。
「攻めますか?」
家臣の問いに、有力国人は難しい顔をした。
「簡単に言うな」
「勝つだけならできるかもしれん」
「問題はその後じゃ」
奪った土地は治めなければならない。
米を取る。
税を集める。
兵を維持する。
そこには当然、帳面がついてくる。
「聞けば、あそこの土地は借金まみれらしいな」
「はい」
「商家への証文」
「武士への未払い」
「城の借り」
「かなりあるようです」
「そんな土地を取ってどうする」
領主はため息をついた。
荒れた土地。
不満を持つ家臣。
借金を抱えた商人。
それを丸ごと受け取ることになる。
さらに厄介なのは商人だった。
「攻めるなら止めません」
商人は言う。
「ただしお願いがあります」
「何じゃ」
「証文だけは燃やさないでください」
「……」
「我々は、その土地に貸しております」
「米も」
「銭も」
「武具も」
「領主が変わっても」
「返していただけるなら問題ありません」
「ですが」
「城を焼き」
「帳面を焼き」
「前の借金など知らぬと言われれば」
「我々は大損でございます」
つまり。
商人たちはこう言っていた。
攻めるなら綺麗に取れ。
そして借金も引き継げ。
それを聞いた武将たちは苦笑した。
「つまり勝った後」
「他人の借金まで背負えということか」
「左様です」
「それで何が得られる」
「疲れた土地」
「不満だらけの兵」
「大量の証文」
誰も答えられなかった。
八郎は違った。
商売で借金を消している。
だが普通の領主にはそんな仕組みはない。
土地を取れば豊かになる。
それは、土地が豊かな場合の話だった。
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一方、追い詰められている小国人衆は震えていた。
「島津が来るかもしれん」
「相良が動くかもしれん」
「阿蘇が狙うかもしれん」
毎日怯えていた。
しかし実際には。
大勢力側も動けなかった。
「今あそこを取る意味があるか」
「ありません」
「では放置じゃ」
皮肉なことだった。
弱すぎる。
貧しすぎる。
借金が多すぎる。
だから攻められない。
そこは、誰も欲しがらない土地になっていた。
ただ一人を除いて。
八郎だけは違った。
「借金があるなら帳面を見ましょう」
「仕事を作りましょう」
「飯を売りましょう」
そう考える。
だから周囲から見ると奇妙だった。
誰も欲しがらない土地を拾う三歳児。
そして拾った土地が、なぜか豊かになっていく。
商人たちは静かに見ていた。
「あの子は土地を取っているのではない」
「人と銭の流れを直している」
その違いに気付く者は、まだ少なかった。




