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1532年12月1週目。八郎、父上の料理を見る。炒め飯は大丈夫そうやな。卵の割れやこぼしての失敗含め1500文売り上げ

最初はぎこちなかった。

 当然だった。

 父上は普段、鍋を振る人ではない。

 田を見る。

 帳面を見る。

 人と話をする。

 それが父上の仕事だった。

「これでいいのか、八郎」

「はい」

「卵はもう入れていいか」

「はい」

 じゅっ。

 鉄鍋に卵が触れる音がする。

「おお」

 父上の目が少し変わった。

「面白い音がするな」

「固まる前に飯です」

「今か」

「はい」

 混ぜ飯を入れる。

 崩す。

 混ぜる。

 最初は少し焦げた。

 形も悪かった。

 でも。

「父上、十分売れます」

「本当か?」

「はい」

「母上の味付けができていますから」

 そこは忘れてはいけない。

 父上が簡単に作れる理由。

 それは前の準備があるからだ。

「母上が飯を整えてくれているからです」

 俺がそう言うと、母上が笑った。

「あら、ちゃんと分かってるね」

「大事なところです」

 父上は五つほど作るころには変わっていた。

 手つきが早くなる。

 卵を入れるタイミング。

 飯を崩す力。

 火加減。

「なるほどな」

 父上が笑う。

「これは慣れると楽しいな」

 三郎兄様が横から見る。

「父上、楽しそうですね」

「楽しいぞ」

「農とは違う」

 父上は鍋を動かした。

「作ったものを目の前で食べてもらえる」

 そして。

「うまいと言われる」

 それが嬉しいようだった。

 もちろん失敗もあった。

 運ぶ途中で卵が割れた。

 飯玉も少し崩れた。

 焦げすぎたものもあった。

 でも、それも全部帳面につける。

「割れた卵、二つ」

「焦げた飯、一つ」

 父上が苦笑する。

「本当に書くんだな」

「はい」

「失敗も銭です」

「なるほどな」

 次に減らせばいい。

 失敗を隠す方が怖い。

・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 予想外のことが起きた。

「……もうないのか?」

 三郎兄様が荷を見る。

 ない。

 混ぜ飯。

 つみれ汁。

 炒め飯。

 全部売れていた。

 まだ夕方どころではない。

 昼を少し過ぎた頃。

 売り切れだった。

「早すぎるな」

 父上が呟く。

 場所を貸してくれた主人も笑っていた。

「坊主」

「はい」

「客が増えとるぞ」

「そうですか?」

「ああ」

 主人は周りを見る。

「この前食った者が連れてきとる」

 確かに。

 一人ではない。

 二人。

 三人。

 連れ立って来る人が増えた。

「まとめて来れば安くなるからな」

 主人が笑う。

「坊主の作戦通りじゃないか」

「来てもらえる方がありがたいので」

「本当に二歳の言葉じゃないな」

 売上を数える。

 本来ならもっといく予定だった。

 二店舗。

 量も増やした。

 計算では千七百文ほど。

 でも。

 値引き。

 卵の損。

 失敗。

 いろいろあった。

 結果。

「千五百文ほどですね」

 俺が言うと、全員が止まった。

「千五百……」

 三郎兄様が呟く。

「一日で?」

「半日です」

 余計驚いた。

「八郎」

 父上が銭を見る。

「これは……すごいぞ」

 場所の主人も笑う。

「坊主」

「はい」

「お前、本当に二歳か?」

「来月で三歳です」

「違う違う」

 主人が手を振る。

「三歳でもおかしいんじゃ」

 また言われた。

・・・・・・・・・・・・・・

 父上が急に真面目な顔になった。

「週一でこれなら……」

 計算している。

「月四回」

「はい」

「六千文近く見えるぞ」

 その言葉に、兄たちが固まった。

「六千文……」

 最初の目標。

 五千文。

 家を守るための銭。

 それが。

「一年じゃなくて、一月で?」

 四郎兄様が信じられない顔をする。

「可能性です」

 俺は言った。

「毎回売れるとは限りません」

 天気。

 仕入れ。

 客。

 変わる。

 でも。

 道は見えた。

 帰り道。

 父上は銭袋を大事そうに持っていた。

 前より慎重だった。

「父上」

「なんじゃ」

「少し怖くなってます?」

「当たり前じゃ」

 父上は苦笑する。

「こんな銭、持ち歩くことなどない」

 みんな笑った。

「忘れ物ないですね」

 俺が言う。

「片付けもしっかりしましょう」

「そこまで言うか」

「次も貸してもらうためです」

 信用。

 それが一番大事。

 歩きながら俺は言った。

「でも父上」

「なんじゃ」

「料理、自信ついたんじゃないですか?」

 父上は少し照れた。

「まあ……」

「まあ?」

「あれなら、わしでもできる気がする」

 兄たちが笑う。

「父上が料理人か」

「悪くないぞ」

 三郎兄様が言った。

「俺もやってみたいです」

「三郎兄様も?」

「ああ」

「あの卵を入れた時の」

 じゅっ。

「って音」

「あれ面白そうや」

 みんな笑った。

 父上が言う。

「なんや」

「八郎以外もできるんちゃうか」

「はい」

 俺は頷いた。

「それが大事です」

「私しかできなかったら広がりません」

 父上が笑った。

「まあ、お前はまだ無理じゃしな」

「そうですね」

 俺は自分の手を見る。

「火の前は危ないです」

「というか」

 三郎兄様が笑う。

「鍋まで手が届かんやろ」

「……確かに」

 その瞬間。

 全員が笑った。

 どれだけ頭で考えても。

 俺はまだ二歳半。

 でも。

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 家族みんなで前に進み始めていた。

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