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1532年12月。八郎2歳12か月目。1週目。2軒稼働させる。先日までの一軒は大丈夫だが、2軒目の炒め飯はどうか。

十二月。

朝晩の空気が冷たくなってきた。

そんな中、三度目の市の準備が始まった。

「今回は少し大変になります」

 俺がそう言うと、兄様たちがこちらを見る。

「また何かするんやろ?」

 三郎兄様が笑う。

「はい」

「やっぱりな」

 もう完全にそういう扱いになっている。

「今回は混ぜ飯を増やします」

「それと?」

「卵を使います」

 父上が頷いた。

「言っていた炒める飯じゃな」

「はい」

 ただ、問題があった。

「前日までにどれだけ卵を集められるかです」

 鶏はどこの家にも大量にいるわけではない。

 無理に買えば値が上がる。

「高く買いすぎたら意味がありません」

「でも足りなかったら作れんぞ?」

「その時はその数だけ作ればいいです」

 無理はしない。

 商いは続けるものだ。

「それと」

 俺は兄様たちを見る。

「今回は下準備してくれる兄様方にも、同じように払いたいです」

「え?」

「二十文です」

 兄たちが驚く。

「俺らにも?」

「はい」

「魚を集める」

「笹を取る」

「飯の準備をする」

「全部必要な仕事です」

 前回までは少し差をつけていた。

 でも、これから大きくするなら違う。

「見えない仕事も大事です」

 兄たちは顔を見合わせた。

 そして。

「よっしゃ!」

「魚いっぱい集めるぞ!」

 一気にやる気になった。

 父上はそれを見て笑った。

「八郎、人を動かすのもうまいな」

「ちゃんと払うだけです」

「それが難しいんじゃ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 もう一つの課題。

 母上の代わり。

 料理を覚えてくれる人。

 できれば信用できる人。

 未亡人。

 働き口を探している人。

 そういう人がいれば雇いたい。

 だが。

「そんなすぐには見つからんな」

 父上が言った。

「はい」

 人は商品ではない。

 欲しいと思ってすぐ手に入るものではない。

「焦らず探しましょう」

「うむ」

 そして市の日。

 卵は何とか集まった。

 ただ。

「すまんな八郎」

 父上が苦笑する。

「少し高かった」

「やっぱりですか」

「数が多かったからな」

 仕方ない。

 需要が増えれば値段は上がる。

「何個買って、何文だったか教えてください」

「うむ」

「あと」

「あと?」

「運ぶ途中で割れた数もお願いします」

 父上が止まった。

「割れた数?」

「はい」

「それも帳面につけます」

「なぜじゃ」

「それも損だからです」

 割れた卵。

 こぼれた米。

 腐った魚。

 全部、商いの一部。

 父上は俺を見る。

「お前、本当に二歳半か」

「来月で三歳です」

「そういう問題ではない」

 いつもの返事だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回は店を二つにした。

 一つは今まで通り。

 混ぜ飯。

 つみれ汁。

 もう一つ。

 炒め飯。

 新しい挑戦。

「二店舗か」

 場所を貸してくれた主人が笑う。

「二歳半が店増やすとはな」

「まだ試しです」

「普通は試しで二つも出さん」

 そう言いながら楽しそうだった。

 混ぜ飯とつみれ汁は順調だった。

 一度食べた客もいる。

「あ、この前の汁か」

「今日は寒いから助かるわ」

 温かい汁は冬に強い。

 問題は新しい飯。

 まず母上が作る。

 鉄鍋を熱する。

 油を少し。

 香りが立つ。

 溶いた卵を流す。

 じゅっ。

 音がする。

 少し固まったところで飯。

 混ぜる。

 崩す。

 炒める。

「できたよ」

 小さい竹べらですくう。

 味を見る。

「……」

 うまい。

「どう?」

 母上が不安そうに聞く。

「おいしいです」

 ただ。

「少し味を足したいです」

「何を?」

「味噌の上澄みを少し」

「たまりかい?」

「はい」

 塩でもいい。

 でも混ぜ飯自体に塩気がある。

「塩を増やすより香りを足した方がいい気がします」

 少し垂らす。

 混ぜる。

 もう一度。

「……」

「どう?」

「売れます」

 母上が笑った。

 問題は客だった。

「なんじゃそれ」

「飯を焼いとるんか?」

 珍しそうに人が集まる。

 油の香り。

 卵の香り。

 それだけで足を止める。

「二十文です」

「高いなあ」

 やっぱり来た。

 俺は笑う。

「お二人なら三十二文でどうでしょう」

「そんな負けるんか?」

「その代わり、ここで決めてください」

 男たちは笑った。

「またこの坊主か」

「食ってみるか」

 一口。

 男の顔が変わった。

「……」

「どうです?」

「うまい」

 もう一人も食べる。

「温かい飯ってだけで違うな」

「卵もうまい」

「油の香りもええ」

 そして母上を見る。

「おっ母さん、腕あるな」

 母上が笑う。

 だが俺は言った。

「次は父上が作ります」

「父ちゃんが?」

 客が笑った。

「作れるんか?」

 父上も慌てる。

「わしか?」

「はい」

 俺は頷く。

「誰でも作れるようにしたいので」

 父上が鍋の前に立つ。

 ぎこちない。

 油。

 卵。

 飯。

 混ぜる。

 少し焦げる。

 でも。

「食べてみてください」

 客が食べる。

「……」

 父上が緊張する。

「どうじゃ」

「さっきより少し落ちる」

「やっぱりか」

「でも」

 男は笑った。

「十分うまい」

「これなら銭払う」

 父上の顔が明るくなった。

「本当か」

「ああ」

 その瞬間だった。

 父上が初めて、ただ手伝う側ではなく。

 自分でも作れると思った瞬間だった。

 八郎の飯屋は、少しずつ家族全員の商いになっていった。

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