八郎、和尚様に二度目の市を報告する。兄さまたちが興奮して和尚様に報告する。
次の日。
いつものように兄様たちに背負われ、寺へ向かった。
寺に着くなり、四郎兄様が我慢できないという顔で和尚様のところへ走る。
「和尚様!」
「なんじゃ、朝から騒がしい」
「八郎、またやりました!」
和尚様がこちらを見る。
「また、とは?」
三郎兄様まで前に出た。
「この前は混ぜ飯でしたやろ?」
「うむ。聞いておる」
「今度はそれだけやないんです」
「ほう?」
「魚です」
「魚?」
「売れんような魚を集めて、身を取って、丸めて、汁にしたんです」
和尚様が俺を見る。
「八郎が考えたのか」
「考えただけです」
俺は答える。
「作ったのは母上です」
そこは間違えてはいけない。
「味を整えたのも母上です」
「魚を準備してくれたのは兄様たちです」
「売ったのは父上です」
和尚様は少し笑った。
「相変わらずじゃな」
「何がですか?」
「手柄を全部持っていかんところじゃ」
そう言われても困る。
本当に俺一人では何もできないのだから。
「でも和尚様」
四郎兄様が興奮して言う。
「本当にすごかったんですよ」
「そんなにか」
「最初はみんな疑ってました」
「下魚の団子なんてうまいのかって」
「それで?」
「食べたら売れました」
三郎兄様も続ける。
「八郎は値段まで考えてました」
「まとめて買ったら安くするとか」
「ここまでしか下げられないとか」
「在庫がどうとか」
和尚様は俺を見る。
「また難しい言葉を使ったな」
「すみません」
「怒ってはおらん」
和尚様は笑った。
「呆れておるだけじゃ」
兄様たちは止まらない。
「八郎は次も考えてるんですよ」
「次?」
「はい」
「また新しい飯です」
五郎兄様まで楽しそうに言う。
「それができたら、わしらでも作れるかもしれないんです」
「ほう」
「そうなったらもっと売れます!」
期待の目。
兄様たちの視線。
ありがたい。
でも少し困る。
「褒められすぎると、もう何も出ません」
俺が言うと、みんな笑った。
「いやいや」
三郎兄様が肩を叩く。
「期待してるぞ、八郎」
「ほどほどでお願いします」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
寺の勉強が終わった後。
和尚様はいつものように俺を残した。
小さな茶碗を置く。
「飲みなされ」
「ありがとうございます」
両手で持つ。
そして。
「あつっ」
思わず声が出た。
和尚様が笑う。
「そういうところは二歳じゃな」
「身体は二歳ですから」
「身体は、か」
余計なことを言った気がした。
「八郎」
「はい」
「今回はどれほどだった」
「売上は八百二十文でした」
和尚様の手が止まる。
「八百二十?」
「はい」
「半日でか」
「はい」
「……」
少し沈黙。
「本当にやったのだな」
「みんなのおかげです」
俺は懐から包みを出した。
「それで」
「なんじゃ」
「今回も受け取ってください」
五十文。
寺への寄進。
和尚様はため息をついた。
「八郎」
「はい」
「前も言ったが、これはお前の家の銭じゃ」
「分かっています」
「ならなぜ」
「和尚様のおかげだからです」
和尚様を見る。
「私の話を聞いてくれました」
「文字を教えてくれました」
「数字を教えてくれました」
「だから父上たちにも話を聞いてもらえるようになりました」
信用。
それがなければ何もできなかった。
「少しずつですが、返させてください」
和尚様は黙った。
しばらくして。
「困った童じゃ」
そう言った。
でも声は優しかった。
「そんなに早く巣立たれると、寂しくなるのう」
「いやいや」
慌てて首を振る。
「まだ二回、市に出ただけです」
「普通は二歳で一度も出ぬ」
「……確かに」
「次はどうする」
和尚様が聞いた。
「もう一つ場所を借りたいです」
「広げるか」
「少しだけです」
急には無理。
人も足りない。
「混ぜ飯」
「魚のつみれ汁」
「そして、もう一つ試します」
「何じゃ」
「炒める飯です」
「炒める?」
「はい」
頭の中にある。
前世で見た料理。
明の料理にも似た技法。
「卵と油を使います」
「卵か」
「はい」
「鉄鍋に油を敷いて、卵を入れて、そこに飯を合わせます」
和尚様は想像しているようだった。
「うまそうではあるな」
「ただ」
「ただ?」
「失敗するかもしれません」
俺は言った。
「初めてですから」
失敗。
これは必ずある。
「だから失敗しても困らない形で試します」
「どういうことじゃ」
「混ぜ飯を多めに作ります」
「うむ」
「炒めるのが駄目なら、そのまま売れます」
「余ったら?」
「家で食べます」
和尚様が目を細める。
「なるほど」
「損を小さくするのか」
「はい」
「一度で全部賭けるのは怖いです」
前世で嫌というほど学んだ。
うまい話ほど危ない。
小さく試す。
直す。
続ける。
和尚様は俺をじっと見ていた。
「八郎」
「はい」
「お前を見ていると面白い」
「面白いですか」
「ああ」
和尚様は笑った。
「成長を見るのが、これほど楽しいとは思わなかった」
「まだまだです」
「二歳半が言う言葉ではないな」
また言われた。
でも和尚様は嬉しそうだった。
「さて」
「はい」
「次は卵の飯か」
「はい」
「楽しみにしておる」
和尚様はそう言って、静かに茶を飲んだ。
俺はまだ何者でもない。
ただの庄屋の八男。
でも。
少しずつ。
本当に少しずつ。
できることが増えている。
それだけは確かだった。




