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八郎が生まれて半年。動けないから耳と目で情報収集。今が薩摩川内にいること。戦国時代か?食うに困らない程度の家で当面の課題は衣食住であることを認識する

八郎として生まれて半年が過ぎた。

 当然だが、何かできるわけではない。

 歩けない。

 話せない。

 自分で飯を食うことすらできない。

 令和で四十二年間生きた記憶があっても、今の俺はただの赤ん坊だった。

 泣いて、飲んで、寝る。

 それだけの日々。

 だが、何もしなかったわけではない。

 耳は聞こえる。

 目も少しずつ見えるようになってきた。

 周りの会話から、この世界の情報を集め続けた。

(だいたい分かってきたな)

 まず、ここは日本。

 それは間違いない。

 そして時代。

 どうやら俺が知っている時代より、はるか昔。

 戦国の世らしい。

 場所は薩摩。

 その中でも川内という土地。

 令和で言えば鹿児島県の北西部あたり。

(まさか戦国時代の九州とはな)

 前世でも歴史は好きだった。

 だから、この場所の意味も少しは分かる。

 島津。

 種子島。

 鉄砲。

 南蛮貿易。

 これから大きく時代が動く土地。

 そんな場所に俺は生まれたらしい。

 そして俺の家。

 庄屋の家。

 とはいえ、別に大金持ちというわけではない。

 広い屋敷に住んで、毎日白米を腹いっぱい食える。

 そんなものではなかった。

 村をまとめる立場。

 多少、土地はある。

 普通の農民よりは恵まれている。

 ただ、それだけだ。

 子供は八人。

 俺は八男。

 名前も八郎。

 長男は家を継ぐ。

 それは決まっている。

 次男、三男あたりは、状況次第。

 戦があれば武器を持って出る。

 小競り合いがあれば駆り出される。

 普段は農作業。

 兄たちも毎日働いている。

 読み書きも、少しできる程度。

 寺で文字を習う。

 簡単な計算を覚える。

 足し算、引き算。

 それくらいできれば十分という世界。

(なるほどな……)

 俺は家の様子を見ながら考える。

 正直、改善できるところだらけだった。

 農作業。

 道具。

 保存。

 食事。

 全部が手間だらけ。

 もちろん、この時代の人間が怠けているわけではない。

 むしろ朝から晩まで働いている。

 みんな必死だ。

 ただ、知らないだけ。

 効率の良い方法。

 少し楽になる工夫。

 それを知らないだけだった。

(でも、いきなり変えようとしても無理やな)

 五百年近い差がある。

 赤ん坊が突然変なことを言えば、不気味に思われるだけだ。

 焦る必要はない。

 少しずつ。

 できることから。

 それしかない。

 それにしても――。

(飯が少ないな)

 これが一番気になった。

 食えないわけではない。

 でも、豊かではない。

 腹いっぱい食える日は限られる。

 子供が八人いるから当然だ。

 働き手になるまでは、食わせるだけでも大変。

 父も母も兄たちも頑張っている。

 でも余裕はない。

(まずはここやな)

 俺は思った。

 前の人生。

 いろんなことで悩んだ。

 金。

 仕事。

 人間関係。

 でも結局、人間の基本は同じだ。

 食べること。

 安心して寝ること。

 明日も生きられると思えること。

(まず飯や)

 周りの人間が腹いっぱい食えるようにする。

 そして稼げるようにする。

 衣食住を整える。

 そこから始める。

 大きな夢なんて、今は必要ない。

 天下を取る。

 歴史を変える。

 そんなことを赤ん坊の俺が考えても仕方ない。

 まず目の前。

 家族。

 村。

 周りの人間。

 そこを豊かにする。

 ただ――。

(守る力もいるよな)

 ここは戦国時代だ。

 どれだけ飯を作っても。

 どれだけ金を稼いでも。

 力がなければ奪われる。

 令和とは違う。

 警察はいない。

 法律が守ってくれるわけでもない。

 最後は力。

 武力。

 そこからは逃げられない。

(俺自身も鍛えなあかんな)

 前世の俺は、戦える人間ではなかった。

 でも今回は違う。

 小さい頃から体を作れる。

 護身術。

 武器。

 最低限、自分と大切な人を守る力は必要だ。

 ただ、それだけでは足りない。

 敵を全部倒すなんて無理だ。

 だから交渉する。

 味方を増やす。

 商売でつながる。

 飯でつながる。

 敵を減らしていく。

(結局、人やな)

 四十二年生きて分かったことだった。

 一人では何もできない。

 どんな知識があっても、動かすのは人。

 だから人を大事にする。

 人が集まる場所を作る。

 それが俺のやることだ。

 まだ半年。

 寝返りするだけでも大変な体。

 だけど。

 方向だけは決まった。

 飯を作る。

 仕事を作る。

 人を守る。

 この時代で、もう一度生きる。

(まあ……まずは立てるようになるところからやけどな)

 そう思うと、少し笑えた。

 四十二歳だった博之は死んだ。

 でも。

 薩摩川内の庄屋の八男。

 八郎の人生は、まだ始まったばかりだった。

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