1533年6月4週目。肥後南部の帳面合わせ。怒号が飛ぶので3つ隣の部屋でお願いします。結果を八郎に報告
六月四週目。
最後に残ったのは肥後南部だった。
新しく八郎の下についた土地。
だが、まだ誰も本当の数字を知らない。
館の庭には、大量の帳面を積んだ荷車が入ってきていた。
そして、その横には――。
縄をかけられた元領主たち。
「では、帳面合わせをお願いします」
八郎が言った。
ただし、その場所を聞いて皆が首を傾げた。
「えーっと」
「できれば……」
「私の部屋から三つ離れたところでお願いします」
「三つ?」
肥後側の者たちは不思議そうな顔をする。
「はい」
「理由は簡単です」
「怒号が飛びます」
「……怒号?」
「はい」
「私たちも経験済みです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その瞬間。
昔からいる薩摩川内側の商人、武士、庄屋衆が一斉に笑った。
「ははは!」
「確かにそうじゃ!」
「わしらも最初そうだった!」
「帳面を合わせるだけでしょう?」
肥後側の者が不安そうに言う。
すると元からいる者たちは笑う。
「そう思うじゃろ?」
「違うんじゃ」
「隠していた借金」
「未払い」
「利息」
「全部並ぶんじゃぞ」
「嫌でも叫ぶ」
肥後側は半信半疑だった。
そして別室へ移動した。
しばらくして――。
「どういうことじゃああああ!!」
館中に響く怒鳴り声。
八郎は茶を飲みながらため息をついた。
「ああ、始まりましたね」
和尚は腹を抱えて笑った。
「三つ離して正解じゃったのう」
「だから言ったじゃないですか」
元領地の者たちは大笑いしている。
「懐かしいのう」
「わしらもあんな声出したわ」
「領主様を睨んだな」
数刻後。
肥後南部の代表者たちが戻ってきた。
全員、疲れ切った顔だった。
元領主たちは顔面蒼白。
「……まとまりました」
「はい」
八郎が筆を持つ。
「城の借金」
「一千万文」
周囲がざわつく。
「庄屋衆の証文」
「四百五十万文」
「武士個人の借金」
「七百万文」
肥後側の武士たちは下を向いた。
「もう無理だと思っておりました」
「何年かかっても返せぬと」
八郎は黙って計算する。
「まあ……」
「予想通りですね」
「予想通り!?」
肥後側が驚く。
「はい」
「石高が近いので」
「南側と似た数字になると思ってました」
元領主が震えた。
「なんで三歳児がそこまで……」
和尚が笑う。
「もう諦めろ」
「こやつは帳面を見る化け物じゃ」
次に市の報告になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「市ですが……」
「三十あるうち十五しか動かせませんでした」
「料理もまだまだで」
「利益はありません」
「申し訳ありません」
肥後側の料理担当、商人たちが頭を下げる。
「ただ」
「仕入れだけは動かせと言われましたので」
「原価は四十万文ほど動きました」
八郎の顔が明るくなる。
「十分です」
「え?」
「四十万文、現物で動いたんですよね?」
「はい」
「農家から米や野菜」
「漁師から魚」
「薪」
「材料として受け取った」
「はい」
「それを料理にして売った」
「はい」
「なら消せます」
「……何をですか?」
周りの薩摩側の者たちがニヤニヤしている。
もう答えを知っている顔だった。
八郎は説明する。
「形としては」
「八郎商会が四十万文分を肩代わりして」
「その代わり材料を買ったことになります」
「つまり」
「庄屋衆の証文から引けます」
肥後側の商人が固まった。
「四百五十万文から」
「四十万文」
「引きます」
「残り四百十万文です」
「……」
「え?」
「今……」
「四十万文消えたんですか?」
「はい」
八郎は普通に答える。
「まだ半分しか市が動いてません」
「全部動けばもっと早いです」
肥後側の者たちは言葉を失った。
「それから寺社市ですが」
「利益はありません」
「ですが売掛が九万文増えました」
担当者が恐る恐る言う。
怒られると思っていた。
しかし。
「それも問題ありません」
「え?」
「売掛があるということは」
「人が物を買ったということです」
「生活が動いています」
「合わせれば」
「まだ四百十四万文ほど残りますが」
「道筋は見えています」
「市を三十全部動かす」
「料理を整える」
「寺社市を広げる」
「そうすれば」
「これは消せます」
「消せる……」
肥後側の商人が震えた。
何年も重荷だった証文。
誰も返らないと思っていた金。
それを三歳児が。
「消せます」
と言った。
庄屋の一人が涙を流した。
「本当に……」
「返ってくるんですか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「はい」
「時間はかかります」
「でも仕組みがあります」
武士も頭を下げた。
「我らの七百万文は……」
「それは少し時間ください」
八郎は苦笑した。
「現金部分が多いので」
「でも」
「仕事を増やします」
「米払いもします」
「少しずつです」
和尚が笑う。
「また一つ国を飯で落としたのう」
「落としてません」
八郎は即答する。
「ただ帳面を直してるだけです」
その言葉に皆が笑った。
だが肥後南部の者たちは笑いながら涙を流していた。
初めてだった。
借金の帳面を見て。
未来が見えたのは。




