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1533年6月3週目。薩摩川内の庄屋衆の返済のめどは立ちそう。道筋は見えたが新たな領地はまだ未知数

六月三週目。

 戦の後始末。

 新領地の帳面合わせ。

 料理教室。

 市の拡大。

 毎日何かしら問題が起きる中、八郎は改めて薩摩川内――元々の一万五千石側の庄屋衆を集めた。

「では、今週分の帳面合わせをします」

 その言葉に、庄屋衆たちは姿勢を正した。

 少し前なら帳面合わせなど嫌な時間だった。

 借金。

 利息。

 払えない銭。

 見るだけでため息が出るものだった。

 だが今は違う。

 八郎が帳面を開くたびに、証文が減っていく。

「まず、市です」

「十三の市が動いています」

「飯屋も全部出しています」

「そこから出た仕入れ分」

「それと寺社市の買掛分」

「合わせて――」

 八郎が筆を置く。

「三十九万文」

 庄屋衆がざわめいた。

「では」

「前回残り八十五万文でした」

「ここから三十九万文を引きます」

 筆が動く。

 八十五万。

 そこから三十九万。

「残り……」

「五十五万文ほどです」

 一瞬、静まり返った。

 そして。

「おおおお!」

 歓声が上がった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「見えた!」

「終わりが見えたぞ!」

「何十年も抱えていた証文じゃぞ!」

「あと半月ではないか!」

 庄屋衆の中には涙ぐむ者までいた。

 最初は誰も信じていなかった。

 三歳児が言った。

「借金を仕事に変えます」

 そんな意味不明な言葉。

 しかし今、帳面の数字が減っていた。

「まだ終わってませんよ」

 八郎が慌てて止める。

「新しい仕入れもあります」

「寺社市の売掛もあります」

「ちゃんと合わせながらです」

 しかし誰も落ち込まない。

「それでもじゃ」

「減っとる」

「増えるだけだった証文が減っとる」

 次に八郎は別の帳面を見る。

「利益です」

「市からの利益分」

「三万九千文ほどあります」

「おお!」

 また声が上がる。

 だが。

「ただし」

「出費があります」

「人を増やしました」

「料理人」

「弟子」

「運ぶ人」

「帳面を見る人」

「五十人ほど」

「なので」

「人件費分」

「一万四千文ほど使います」

 少し空気が止まる。

「雇いすぎでは?」

 誰かが言った。

 八郎は首を振った。

「違います」

「これは必要なお金です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「料理は今日覚えて明日全部できるものではありません」

「炒め飯も」

「つみれ汁も」

「団子も」

「煮付けも」

「味を覚えるには時間がかかります」

「今、人を育てないと」

「市を増やせません」

「市を増やせなければ」

「借金も消せません」

 和尚が笑った。

「つまり」

「借金返済のために、人を雇うということか」

「はい」

「人がいないと銭は生まれません」


「なので」


「これは飲みます」


 そう言って八郎は小袋を出した。


 銭の音がする。

「今週分、払います」

 雇われた者たちは驚いた。

「もうですか?」

「まだ働き始めたばかりなのに?」

「働いた分ですから」

「払います」

 八郎は当然という顔。

 周囲は苦笑した。

「三歳児に給金の払い方を教えられるとはな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 次は湯浴みだった。

「こちらも動き始めました」

「十五台です」

「一台あたり」

「一週間で二百四十五文ほど利益」

「十五台なので」

「約三千七百文」

「今週増えます」

 数字だけ見れば、市より小さい。

 だが八郎は笑った。

「でも大事です」

「飯屋は仕入れで証文を消します」

「湯あみは現金を生みます」

「しかも」

「毎日動きます」

「十五台が三十」

「五十」

「百になれば」

「全然違います」

 商人が頷く。

「桶」

「薪」

「布」

「人」

「全部仕事になりますな」

「はい」

 八郎は帳面を閉じた。

「薩摩川内側は」

「だいぶ道が見えてきました」

「商家衆の証文」

「あと五十五万文」

「飯屋は回り始めた」

「湯あみも動いた」

「人も育っている」

「次は」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「新しく加わった三万五千石です」

 その言葉で皆が黙る。

 向こうにはまだ、

 城の借金。

 庄屋衆の証文。

 武士の借金。

 山ほど残っている。

 和尚が笑った。

「一つ山を越えたと思ったら」

「次はもっと大きい山か」

 八郎はため息をつく。

「はい」

「でも」

「登り方は分かりました」

「市を作る」

「飯を作る」

「人を雇う」

「帳面を見る」

「同じことを増やすだけです」

 商家衆は笑った。

「簡単そうに言うな」

「五万石の話じゃぞ」

 八郎は真顔で返した。

「だから急ぎます」

「借金の利息は待ってくれませんから」

 その言葉に、全員が苦笑した。

 五万石の新領主。

 考えていることは今日も変わらない。

 どうやって銭を回すか。

 どうやって飯を増やすか。

 どうやって証文を減らすかだった。

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