1533年6月。薩摩北西部6万石となった八郎。元領主との財政確認のための帳面合わせを来週行う。
薩摩北西部。
元々、八郎の領地だった川内一万五千石。
そこに、今回の騒動をきっかけとして周辺の国人衆三万五千石分が加わった。
合わせて五万石。
だが――。
「領地が増えました」
「やったー」
などという空気ではなかった。
八郎の前には、縄をかけられた元領主たちが座っていた。
「では」
「まず確認します」
八郎が口を開く。
「皆さんの命をどうこうするつもりは今ありません」
元領主たちが少し安堵する。
しかし。
「ただ」
「帳面次第です」
その一言でまた固まった。
「帳面……」
「はい」
「一週間後」
「全部持ってきてください」
「全部です」
八郎は指を折りながら言う。
「年貢」
「蔵米」
「商人さんへの借金」
「武士への未払い」
「武具購入代」
「寺社との約束」
「庄屋さんの借金」
「隠れている証文」
「全部です」
元領主の一人が苦笑する。
「いや……」
「そこまで細かいものは……」
八郎がじっと見る。
「ありますよね?」
「……」
「あります」
即答だった。
和尚が横で笑う。
「三歳児に負けるなよ」
元領主は顔をしかめる。
「いや和尚殿」
「あの目で見られるとな……」
八郎は続ける。
「先に言います」
「隠しているものが後で出たら」
「扱いが雑になります」
全員が固まる。
「雑?」
「はい」
「今なら」
「一緒に直す相手です」
「でも」
「隠していたら」
「信用できない相手になります」
「牢に入れて」
「商人さんから全部聞いた方が早い」
元領主たちの顔色が変わった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いやいやいや!」
「出します!」
「全部出します!」
「隠しません!」
周囲の武士たちは苦笑する。
戦場では堂々としていた領主たちが。
三歳児の帳面確認に震えていた。
「あと」
八郎は続ける。
「関わっている商人さんも全員呼んでください」
「商人も?」
「はい」
「借りている側だけ見ても意味ありません」
「貸している側と合わせます」
「この証文は本物か」
「利息はいくらか」
「いつから払っているか」
「元金はいくら残っているか」
「全部合わせます」
元領主がため息をつく。
「そこまでやるのか……」
「やります」
八郎は即答。
「うちの領地もそうしました」
「最初は揉めました」
「商人さんも怒られました」
「庄屋さんも怒りました」
「でも」
「全部出したから進みました」
商人衆の一人が頷く。
「確かにな」
「あの時は」
「なんで今まで利息下げんかったんじゃって怒鳴られたわ」
別の商人が笑う。
「しかし今は取引増えたからな」
「前より儲かっとる」
新しく加わった国人衆側の者たちは驚く。
「借金を減らして」
「商人が儲かるのか?」
八郎が頷く。
「はい」
「回す量を増やします」
「だから」
「次に見るのは借金だけではありません」
「市はいくつありますか?」
「寺はいくつありますか?」
「神社はいくつありますか?」
「人が集まる場所はいくつありますか?」
「そこを確認します」
元領主が尋ねる。
「何のために?」
「店を出すためです」
「飯屋」
「甘味」
「湯浴み」
「特産品売り」
「できるものを増やします」
「あと」
「湯浴み屋……」
「何軒必要かも見ます」
「今は作れば作るほど仕事になります」
「大工さん」
「木材」
「燃料」
「全部銭が回ります」
和尚が笑う。
「領地を取った初仕事が」
「城直しではなく飯屋と湯浴みとはな」
八郎は首を振る。
「違います」
「人が暮らすところからです」
「城を立派にしても」
「民がお金なくて困ったら意味ないです」
その言葉に。
元領主たちは何も言えなかった。
「一週間後」
「お願いします」
「帳面」
「商人さん」
「庄屋代表」
「全部です」
「そこから」
「どの借金を先に消すか」
「どこに市を作るか」
「何を仕入れるか」
「決めます」
元領主たちは深く頭を下げた。
「承知しました」
「全部持ってまいります」
帰り際。
和尚がぽつりと言う。
「五万石の領主になって最初に言う言葉が」
「帳面持ってこい、とはな」
八郎は疲れた顔をする。
「だって」
「見ないと分からないじゃないですか」
「借金いくら増えるか怖いですし」
周囲は笑った。
しかし誰も否定しなかった。
薩摩五万石。
新しい国造りは。
刀でも城でもなく――。
大量の帳面合わせから始まることになった。




