1533年6月。薩摩川内の南の国人衆と元領主が縛られて連れてこられた。元領主に対して怒号が飛ぶ。八郎様はなんとかしてくれるぞ。
数日後。
南薩摩から使者が来るという知らせが入った。
だが、館の前に現れた一団を見て、誰もが言葉を失った。
先頭にいたのは、この前まで敵だった兵たち。
そして、その後ろ。
縄をかけられた者がいた。
「……これは?」
八郎が目を丸くする。
代表の武士が頭を下げた。
「八郎様」
「我ら、話し合いました」
「我らの領地は、八郎様の下につきとうございます」
周囲がざわつく。
「ただし」
「我らの中には、政に詳しくない者もおります」
「戦には負けました」
「武具も失いました」
「もはや煮るなり焼くなり好きにしていただいて構いませぬ」
八郎が慌てる。
「いやいやいや」
「煮たり焼いたりしません」
和尚が横で笑う。
「そこは三歳じゃな」
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代表は続けた。
「そして……」
「こちらが我らの元領主」
「そして」
「今回の騒動を起こした元領主でございます」
その瞬間。
場の空気が変わった。
八郎の元領地の武士。
庄屋衆。
商人。
全員がその男を見た。
「お前……」
一人が低く言う。
「お前のせいで、どれだけ大変なことになったと思っとる!」
怒号が飛ぶ。
「外の国人衆呼び込もうとしたんやぞ!」
「領地好きにしていいなんて文を書いて!」
「民を何やと思っとる!」
縛られた元領主は顔をしかめた。
「待て!」
「待たんか!」
「わしにも考えがあった!」
周囲が静まる。
「領地を守るためじゃ」
「戦国ぞ?」
「弱ければ食われる」
「だから兵を集め」
「武具を揃え」
「周りと付き合い」
「戦に備えた」
「お前ら、領地経営がどれほど難しいか分かっとるのか!」
「それなら」
一人の武士が前に出た。
「なぜ隠した」
「何をじゃ」
「借金です」
元領主の顔が止まる。
「武士たちの借金」
「三百万文」
「城の隠れた負債」
「戦費込みで六百三十万文」
周囲がざわつく。
改めて聞くと、とんでもない額だった。
「それを隠して」
「庄屋には年貢を出せ」
「商人には貸せ」
「武士には我慢しろ」
「そう言い続けた」
元領主は叫ぶ。
「仕方なかったんじゃ!」
「領地を守るには銭がいる!」
「兵もいる!」
「付き合いもある!」
「それは分かります」
静かな声。
八郎だった。
全員が見る。
「元領主様が全部間違っていたとは思いません」
「戦がある時代です」
「守るためのお金が必要だった」
「それは分かります」
元領主は少し顔を上げた。
「そうじゃろう」
「三歳でも分かるではないか」
だが。
八郎は続けた。
「でも」
「民が困っていました」
「……」
「そこを見ないといけなかったと思います」
横から別の武士が叫んだ。
「八郎様はやったぞ!」
「何をじゃ!」
元領主が言い返す。
「庄屋衆の借金」
「消している」
「馬鹿な」
「本当じゃ」
「先週だけで」
「三十九万文」
元領主の顔が固まった。
「……何?」
「三十九万文じゃ」
「一週間で」
「どういう経営しとるんじゃ……」
思わず本音が漏れた。
「市です」
八郎が答える。
「十三の市を動かしました」
「飯屋を出しました」
「仕入れを作りました」
「その仕入れと証文を合わせました」
「結果です」
さらに商人が言う。
「利益も出ています」
「毎週約四万文」
「年なら二百万文ほど」
「武士の借金にも手が届き始めています」
元領主は絶句した。
「……二百万」
「飯で?」
「はい」
元家臣だった男が前へ出る。
「殿」
「我らはあなたが嫌いだったわけではありません」
「戦のためだったことも分かっています」
「ですが」
「我らの暮らしが壊れていた」
「領地を守るために」
「領民を潰してどうするのですか」
その言葉に。
元領主は何も言えなかった。
「わしは……」
「領地を守るために……」
小さく呟く。
「民が困っていたら」
「意味がなかったのか」
誰も答えない。
和尚が静かに言った。
「難しいのう」
「戦国の殿としては間違っておらん」
「じゃが」
「八郎は違うものを見とる」
元領主は三歳の少年を見る。
「……お前」
「本当に何者じゃ」
八郎は困った顔をした。
「飯屋です」
その場にいた全員が同時に言った。
「それは違う」
こうして。
また一つ、刀で治める時代が終わり。
帳面と飯で治める八郎の時代が広がり始めた。




