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1533年6月。薩摩川内の南側の敗戦の国人衆。反乱で領主が捕らえられ代表者が八郎の下につきたいと連絡が入る

六月。

 八郎の領地で十三の市が動き始めた頃。

 南薩摩でも、大きな揺れが起きていた。

「何をして戻ってきた!」

 館に怒号が響いた。

 南から攻め込んだ国人衆の領主は、戻ってきた兵たちを見て顔を真っ赤にしていた。

「千もの兵を出して!」

「三歳児相手に負け!」

「その上、武具まで置いて帰ってくるとは!」

「恥と思わんのか!」

 帰還した兵たちは黙っていた。

 確かに負けた。

 それは事実だった。

 だが、一人が顔を上げる。

「殿」

「なんじゃ!」

「……我ら、本来なら首を落とされても仕方ありませんでした」

 領主が眉を寄せる。

「何?」

「ですが八郎様は」

「飯を食わせ」

「怪我人を手当てし」

「帰りたい者は帰れと言われました」

「だから何じゃ!」

「相手は三歳児ぞ!」

「情けをかけられて恥ずかしくないのか!」

 兵は拳を握った。

「では殿」

「今回失った武具については……」

「もちろん補填していただけるのですよね?」

 その瞬間。

 空気が止まった。

「……何?」

「武具です」

「次の戦になれば必要です」

「ありません」

「どうすれば?」

 領主は顔をしかめる。

「そんなもの自分で何とかせい」

 兵たちの目が変わった。

「では給金は?」

「負け戦で出せるか!」

「では税は?」

「変わらん!」

 誰も声を出さなかった。

 しかし。

 心の中で何かが切れていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 数日後。

 元捕虜たちは密かに集まっていた。

 戦場で敵同士だった者もいる。

 違う村の者もいる。

 だが八郎の館で同じ飯を食った。

 同じ話を聞いた。

「そっちはどうじゃ?」

「だめじゃ」

「武具代は自腹」

「給金なし」

「年貢変わらず」

「うちも同じじゃ」

 ため息が漏れる。

「八郎様のところでは……」

 一人が呟いた。

「借金を帳面につけてくれた」

「仕事もあると言われた」

「飯もうまかった」

 別の男が苦笑する。

「魚のつみれな」

「あれ美味かったな」

「団子も」

「あんな甘いもの初めて食った」

 しばらく沈黙。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「家で話した」

 一人が言った。

「嫁に怒られたわ」

「何を?」

「なんで帰ってきたんやって」

 周りが苦笑する。

「うちもじゃ」

「借金で首が回らん」

「次の年貢払ったら、娘を奉公に出すしかない」

 空気が重くなる。

 そして。

 不満は爆発した。

 いくつかの小さな砦。

 村を管理する館。

 そこにいた兵たちが動いた。

 殺し合いではなかった。

「もう無理です」

「我らはついていけませぬ」

 武具を取り上げられ。

 いくつかの拠点は、そのまま兵たちの手に落ちた。

 数日後。

 八郎の館。

「……」

 八郎は届いた文を読んで固まっていた。

 父が尋ねる。

「どうした?」

「……来ました」

「何がじゃ」

「南です」

 和尚が笑う。

「ほれ見ろ」

「言った通りじゃ」

 八郎はため息をつく。

 文にはこう書かれていた。

 敗戦後。

 武具を失ったこと。

 給金が出なかったこと。

 家族が借金で苦しんでいること。

 そして――

 八郎の領地の話を聞いたこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「八郎様のところでは」

「証文が消えていると聞きました」

「働けば飯が食えると聞きました」

「民を守る仕組みがあると聞きました」

「我ら、代表を決めました」

「領地をまとめます」

「どうか傘下に入れていただきたい」

 読み終えた八郎は頭を抱えた。

「……どうしましょう」

 その一言に全員が笑った。

「いや」

「お前、予想してただろう」

 父が言う。

「してましたけど」

「本当に来るとは別です」

 和尚は楽しそうだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「で?」

「どうする」

 八郎はしばらく考える。

「まず話を聞きます」

「すぐ受けません」

「ほう」

「借金がどれだけあるか」

「人口」

「田畑」

「市」

「特産品」

「商人との関係」

「全部確認です」

 和尚がニヤリとする。

「また帳面か」

「はい」

「領地が増えるということは」

「人が増えることではありません」

「帳面が増えることです」

 周りの大人たちは顔を見合わせた。

「三歳児が一番分かっとるな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 八郎は文を置いた。

「とりあえず代表者に来てもらいましょう」

「話を聞きます」

「助けられるところからです」

 和尚は笑う。

「戦で取らず」

「飯を食わせて」

「借金を聞いて」

「向こうから来る」

「変な国取りじゃ」

 八郎は困った顔で返した。

「国取りじゃありません」

「借金整理です」

 その言葉に、また広間中が笑った。

 だが誰も否定できなかった。

 薩摩の勢力図は、刀ではなく帳面によって変わり始めていた。

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