1533年5月。薩摩川内の南北の捕虜1800人の帰宅。炊き出しで魚のつみれ汁とマグロの煮付け、団子を食べてもらい。領地の仕組みを説明する。
二度の戦が終わった。
薩摩からの軍勢。
南肥後からの軍勢。
合わせて二千近い兵を退けた後、館の庭には大量の捕虜がいた。
……しかし。
普通の戦の後とは様子が違った。
「おい……」
「ほんまにこれでええんか?」
捕まった兵たちは戸惑っていた。
縄で縛られていない。
牢に入れられてもいない。
預けているのは武具だけ。
本人たちは庭で座っているだけだった。
「飯できましたよー」
さらに聞こえてきた声に、捕虜たちは顔を見合わせる。
「飯?」
「俺ら敵ぞ?」
「食わせるんか?」
そこへ八郎が歩いてくる。
「もちろんです」
「腹減ってたら話できませんから」
捕虜たちは困惑した。
「……変な殿様やな」
横にいた者が小声で言う。
「あれ三歳らしいぞ」
「は?」
大鍋から湯気が上がる。
まず出されたのは魚のつみれ汁。
そしてマグロの煮付け。
兵たちは恐る恐る口に運んだ。
「……」
「なんやこれ」
「うまい」
「魚臭くないぞ」
驚く兵に八郎は笑う。
「でしょう?」
「これ、元々あまり値がつかなかった魚なんです」
「捨てたり安く売ったりしていたものを、料理して値を付けています」
「捨てるものでも、工夫すれば商いになります」
捕虜たちは黙った。
そんな考え方を聞いたことがなかった。
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次に出されたのは団子。
一口食べた瞬間。
「甘い……」
「砂糖か?」
「こんなん祭りでもなかなか食えんぞ」
八郎は頷く。
「琉球との交易で少し入ります」
「それを甘味処で出しています」
「甘いものを売れば銭になります」
「働く人も増えます」
兵の一人が苦笑した。
「俺らのところとは全然違うな」
「年貢出せ」
「兵出せ」
「そればっかりや」
「あと今、芋を育てています」
「芋?」
「はい」
「米以外で腹を満たせるものです」
「飢饉対策ですね」
「余れば酒にもできるかもしれません」
捕虜たちはざわつく。
「そんなこと考えたこともない」
「飢饉なら我慢するしかないと思ってたわ」
飯が終わる頃。
八郎は全員を見る。
「皆さんに決めてもらいます」
「帰りたい人は帰ってください」
空気が止まった。
「……帰してくれるんか?」
「はい」
「ただ困っているなら教えてください」
「借金」
「給金の未払い」
「武具代」
「そういうものです」
その言葉に何人も顔を伏せた。
思い当たる者が多かった。
「それをどうするんや」
八郎は答える。
「整理します」
「返せる仕組みを作ります」
「市を作ります」
「仕事を作ります」
「寺や神社で売る場所を作ります」
「農家から材料を買います」
「飯を作って売ります」
「その仕入れ代と借金の証文を合わせて消します」
兵たちは理解できず、何度も聞き返した。
「つまり……」
「米を作る」
「八郎様が買う」
「その代金で借金が減る?」
「そうです」
「魚でも薪でも炭でも同じです」
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「そんなことできるんか」
「もうやってます」
商人が横から言った。
「実際、八郎様の元の庄屋衆は借金が消えた」
捕虜たちは目を丸くする。
「だから聞きたいんです」
「皆さんの土地には何がありますか?」
「何が取れます?」
「困っていることは?」
すると少しずつ声が出た。
「山ならある」
「木ならあるぞ」
「川魚もある」
「でも売るところがない」
「海沿いは魚が余る」
八郎は帳面係を見る。
「全部書いてください」
「何かできるかもしれません」
◇
数日後。
帰る者たちは飯を食べ、頭を下げて去っていった。
それを見ながら和尚が笑う。
「八郎」
「お前、恐ろしいことしたの」
「何がです?」
「考えてみい」
「帰った先には薄い粥」
「借金」
「払われぬ給金」
「そして何も考えてくれん殿様」
「こっちでは飯を食わせてもらって、借金まで考えてくれる」
「戻ったらどう思う?」
八郎は困った顔をする。
「いや、全員来るとは思ってませんよ」
和尚はさらに笑う。
「全員はいらん」
「半分でも十分じゃ」
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八郎は少し考える。
「まあ……」
「可能性としてはありますね」
「何がじゃ?」
「領民や兵が」
「自分の殿様を縛って連れてくるとか」
一瞬、場が静まる。
そして和尚が大笑いした。
「三歳児が一番物騒なこと言うとるわ!」
「いやいや」
「可能性の話です」
八郎は慌てる。
「私は飯屋ですから」
その言葉に、周囲全員が笑った。
だが誰も否定できなかった。
戦で勝ったことよりも。
飯を食わせたことの方が、周辺国人衆を揺らし始めていた。




