1533年5月。館攻めに失敗した薩摩の国人衆が逃走する。結局策がはまり逃走は数十名。捕虜は集められ帳面をつけ水とご飯をもらう。
館から逃げ出した兵は、およそ五百。
彼らは必死だった。
「一度戻るぞ!」
「立て直す!」
「陣を組み直せばまだ勝てる!」
国人衆の武士たちは叫ぶ。
確かに数だけ見れば、まだ五百。
普通なら十分戦える人数だった。
だが。
問題は数ではなかった。
心が折れていた。
「なんなんじゃ、あれは……」
「三歳児の館じゃなかったんか」
「門を破ったら終わりと言うたやないか」
兵たちは口々に不満を漏らす。
そこへ。
ヒュッ。
石が飛んできた。
「痛っ!」
「なんじゃ!」
見ると、村人だった。
老人。
女。
子供。
道の横から睨んでいる。
「出ていけ!」
「八郎様の土地から出ていけ!」
「お前ら何を……!」
怒った兵が向かおうとする。
しかし。
後ろから声。
「追え!」
八郎側の武士たちだった。
馬に乗れる者。
足の速い者。
距離を取りながら追ってくる。
「構うな!」
「止まるな!」
国人衆が叫ぶ。
石を投げた村人を相手にしている暇はなかった。
止まれば追いつかれる。
結果。
一人。
また一人。
脱落していった。
「もう無理じゃ!」
「走れん!」
武器を捨てる者。
隠れる者。
座り込む者。
そのたびに数が減る。
五百。
四百。
三百。
そして。
領境近くに着いた時。
残ったのは百五十ほどだった。
「やっと抜けた……」
そう思った。
だが。
そこで足が止まった。
「……なんじゃ、あれ」
目の前。
道を塞ぐように武士が並んでいた。
百ほど。
槍を持つ。
弓を持つ。
そして。
その後ろ。
人。
人。
人。
「千……?」
誰かが呟いた。
実際には農民。
戦うためではない。
ただ立っているだけ。
だが。
疲れ果てた兵には違って見えた。
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「まだいるのか……」
「もう無理じゃ……」
「こんなの勝てるわけない……」
武士代表が前へ出る。
「武器を置け!」
「置いた者には手を出さん!」
「命は取らん!」
沈黙。
そして。
カラン。
一人が槍を落とした。
「……降参じゃ」
次。
また次。
半数以上が武器を置いた。
しかし。
まだ諦めない者もいた。
「嫌じゃ!」
「捕まるくらいなら逃げる!」
数十人。
彼らは横へ走った。
そこには。
わざと空いた道。
「追いますか?」
「いや」
武士代表は首を振る。
「逃げたい者は逃がせと言われている」
「八郎様の命じゃ」
残った者たちは拘束された。
ただ。
不思議だった。
殺されない。
殴られない。
怒鳴られない。
「鎧を脱いでください」
「武器はこちらへ」
「名前を書きます」
淡々としていた。
「……名前?」
「はい」
「帳面につけます」
敵兵は顔を見合わせる。
帳面?
戦場で?
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そして館へ戻る。
そこでさらに驚いた。
人だらけだった。
捕まった兵。
手当てされている兵。
武士。
農民。
商人。
ごちゃ混ぜ。
捕虜たちは覚悟した。
これから処罰される。
そう思った。
しかし。
「皆さん」
小さな声。
八郎だった。
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「まず」
「水飲んでください」
沈黙。
「……は?」
「水です」
「走って疲れたでしょう」
「あと」
「炊き出しがあります」
「飯食べてください」
敵兵たちは固まった。
「いや……」
「俺ら……」
「攻めてきたんやぞ?」
八郎は頷く。
「はい」
「だから武器は預かりました」
「でも」
「お腹空いてますよね?」
意味が分からなかった。
負けた。
捕まった。
なのに。
飯。
湯気が上がる。
大鍋。
米。
汁。
匂い。
腹が鳴る。
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一人が恐る恐る食べる。
「……」
「うまい」
その一言で。
周りも食べ始めた。
和尚はその様子を見て笑っていた。
「これはもう終わりじゃな」
父が聞く。
「何がです?」
「戦じゃ」
「腹いっぱい飯を食わせてもらった相手を」
「人は簡単には斬れん」
八郎は横で帳面を開いていた。
「次は聞き取りです」
「家」
「家族」
「借金」
「田畑」
「全部確認します」
和尚は吹き出した。
「敵を倒した日に借金相談か」
八郎は真顔だった。
「大事です」
「この人たちが帰ったら」
「また同じことになります」
「だから」
「原因を消します」
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周囲の大人たちは思った。
この子は敵兵を捕まえたのではない。
また領民を増やしているのだ、と。
こうして。
薩摩南から来た千の軍勢は。
一日のうちに消えた。




