表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
175/616

1533年5月。館攻めに失敗した薩摩の国人衆が逃走する。結局策がはまり逃走は数十名。捕虜は集められ帳面をつけ水とご飯をもらう。

館から逃げ出した兵は、およそ五百。

 彼らは必死だった。

「一度戻るぞ!」

「立て直す!」

「陣を組み直せばまだ勝てる!」

 国人衆の武士たちは叫ぶ。

 確かに数だけ見れば、まだ五百。

 普通なら十分戦える人数だった。

 だが。

 問題は数ではなかった。

 心が折れていた。

「なんなんじゃ、あれは……」

「三歳児の館じゃなかったんか」

「門を破ったら終わりと言うたやないか」

 兵たちは口々に不満を漏らす。

 そこへ。

 ヒュッ。

 石が飛んできた。

「痛っ!」

「なんじゃ!」

 見ると、村人だった。

 老人。

 女。

 子供。

 道の横から睨んでいる。

「出ていけ!」

「八郎様の土地から出ていけ!」

「お前ら何を……!」

 怒った兵が向かおうとする。

 しかし。

 後ろから声。

「追え!」

 八郎側の武士たちだった。

 馬に乗れる者。

 足の速い者。

 距離を取りながら追ってくる。

「構うな!」

「止まるな!」

 国人衆が叫ぶ。

 石を投げた村人を相手にしている暇はなかった。

 止まれば追いつかれる。

 結果。

 一人。

 また一人。

 脱落していった。

「もう無理じゃ!」

「走れん!」

 武器を捨てる者。

 隠れる者。

 座り込む者。

 そのたびに数が減る。

 五百。

 四百。

 三百。

 そして。

 領境近くに着いた時。

 残ったのは百五十ほどだった。

「やっと抜けた……」

 そう思った。

 だが。

 そこで足が止まった。

「……なんじゃ、あれ」

 目の前。

 道を塞ぐように武士が並んでいた。

 百ほど。

 槍を持つ。

 弓を持つ。

 そして。

 その後ろ。

 人。

 人。

 人。

「千……?」

 誰かが呟いた。

 実際には農民。

 戦うためではない。

 ただ立っているだけ。

 だが。

 疲れ果てた兵には違って見えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まだいるのか……」

「もう無理じゃ……」

「こんなの勝てるわけない……」

 武士代表が前へ出る。

「武器を置け!」

「置いた者には手を出さん!」

「命は取らん!」

 沈黙。

 そして。

 カラン。

 一人が槍を落とした。

「……降参じゃ」

 次。

 また次。

 半数以上が武器を置いた。

 しかし。

 まだ諦めない者もいた。

「嫌じゃ!」

「捕まるくらいなら逃げる!」

 数十人。

 彼らは横へ走った。

 そこには。

 わざと空いた道。

「追いますか?」

「いや」

 武士代表は首を振る。

「逃げたい者は逃がせと言われている」

「八郎様の命じゃ」

 残った者たちは拘束された。

 ただ。

 不思議だった。

 殺されない。

 殴られない。

 怒鳴られない。

「鎧を脱いでください」

「武器はこちらへ」

「名前を書きます」

 淡々としていた。

「……名前?」

「はい」

「帳面につけます」

 敵兵は顔を見合わせる。

 帳面?

 戦場で?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして館へ戻る。

 そこでさらに驚いた。

 人だらけだった。

 捕まった兵。

 手当てされている兵。

 武士。

 農民。

 商人。

 ごちゃ混ぜ。

 捕虜たちは覚悟した。

 これから処罰される。

 そう思った。

 しかし。

「皆さん」

 小さな声。

 八郎だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まず」

「水飲んでください」

 沈黙。

「……は?」

「水です」

「走って疲れたでしょう」

「あと」

「炊き出しがあります」

「飯食べてください」

 敵兵たちは固まった。

「いや……」

「俺ら……」

「攻めてきたんやぞ?」

 八郎は頷く。

「はい」

「だから武器は預かりました」

「でも」

「お腹空いてますよね?」

 意味が分からなかった。

 負けた。

 捕まった。

 なのに。

 飯。

 湯気が上がる。

 大鍋。

 米。

 汁。

 匂い。

 腹が鳴る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一人が恐る恐る食べる。

「……」

「うまい」

 その一言で。

 周りも食べ始めた。

 和尚はその様子を見て笑っていた。

「これはもう終わりじゃな」

 父が聞く。

「何がです?」

「戦じゃ」

「腹いっぱい飯を食わせてもらった相手を」

「人は簡単には斬れん」

 八郎は横で帳面を開いていた。

「次は聞き取りです」

「家」

「家族」

「借金」

「田畑」

「全部確認します」

 和尚は吹き出した。

「敵を倒した日に借金相談か」

 八郎は真顔だった。

「大事です」

「この人たちが帰ったら」

「また同じことになります」

「だから」

「原因を消します」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 周囲の大人たちは思った。

 この子は敵兵を捕まえたのではない。

 また領民を増やしているのだ、と。

 こうして。

 薩摩南から来た千の軍勢は。

 一日のうちに消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ