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1533年5月。薩摩川内に侵入した国人衆。火矢を受け混乱して撤退。撤退中に住民から石を投げつけられ領地の境目に兵と住民がいる。完全に逃げられたのは数十人。

火矢が放たれた瞬間。

 館前の広場の空気が変わった。

 さっきまで「三歳児の館を落とすだけ」と思っていた兵たち。

 その目の前で炎が広がった。

「火じゃ!」

「下がれ!」

「押すな!」

 油を浴びた兵たちは混乱した。

 ただの火ではない。

 服についた油。

 足元。

 柵。

 乾いた木。

 あちこちに燃え移る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして。

 館の一部にも火が移った。

「八郎様!」

「館が!」

 周囲が慌てる。

 だが八郎は静かだった。

「仕方ありません」

「後で直しましょう」

 皆が振り返る。

「え?」

「館より人です」

「館は大工さんが直せます」

「人は戻りません」

 和尚が横で笑う。

「前の殿なら絶対言わんな」

「だから比べないでください」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 一方。

 攻め込んだ兵は完全に崩れていた。

「前へ行け!」

 国人衆が叫ぶ。

 しかし前へ進もうとする者には矢。

 左右にも人。

 後ろには味方。

 動けない。

「逃げろ!」

 誰かが叫んだ。

 その瞬間。

 軍勢という形が壊れた。

 逃げる者。

 転ぶ者。

 武器を捨てる者。

 堀の近くまで逃げ、足を滑らせる者。

「水!」

「水をくれ!」

 泥の中を転がる。

 必死だった。

 国人衆は歯を食いしばる。

「一度引くぞ!」

「立て直せ!」

「下がれ!」

 そう叫んだ瞬間だった。

 横から声が上がる。

「今じゃ!」

 隠れていた兵が動いた。

「なっ!?」

「まだおったのか!」

 横から現れた兵。

 追撃。

 完全に気持ちを折りに来ていた。

「話が違うぞ!」

 国人衆が元領主を見る。

「館は簡単に落ちると言ったではないか!」

「門を抜けば終わりと言ったではないか!」

 元領主も青ざめる。

「こんなもの……」

「わしの知る館ではない……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そう。

 建物は同じ。

 場所も同じ。

 しかし中身が違った。

 守っている者が違った。

 ついに撤退が始まる。

 千いた兵。

 だが。

 逃げる。

 散る。

 隠れる。

 武器を捨てる。

 気づけばまとまって動けるのは五百ほど。

 それを見た八郎は言った。

「深追いしすぎないでください」

「ただ」

「まとまって戻られると困ります」

「追える方は追ってください」

「追い立てるだけでいいです」

 武士が頷く。

「討たなくてよいのですか?」

「はい」

「逃げるなら逃がしてください」

「でも」

「もう一度こちらへ向かう気だけはなくしてください」

 武士たちは顔を見合わせる。

 変な命令だった。

 だが八郎らしかった。

 そして館内。

 残された兵たち。

 倒れている者。

 動けない者。

 諦めた者。

 八郎は言う。

「水を」

「え?」

「水をかけてください」

「手当てしてください」

「動ける人には伝えてください」

「武器を置いた人」

「降参した人」

「その人には何もしません」

 周囲の武士が驚く。

「敵ですよ?」

「今はです」

「でも」

「元は農民でしょう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「家族がいて」

「借金があって」

「命令されて来ただけの人もいるでしょう」

「話を聞きます」

「帳面を作ります」

 商人衆が思わず笑った。

「ここでも帳面ですか」

「大事です」

 しばらくして和尚が歩いて戻ってきた。

 焼けた門。

 焦げた柵。

 煙。

 それを見て笑う。

「いやぁ」

「派手に焼けたのう」

「笑い事じゃありません」

 八郎が言う。

「でも」

「悪くない」

 和尚は続ける。

「敵の顔を見たか?」

「はい」

「折れておる」

「完全にな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「恐怖だけではない」

「自分たちが何のために戦っているか」

「分からなくなった顔じゃ」

「……」

 和尚は八郎を見る。

「この後が本番じゃな」

 八郎は頷いた。

「はい」

「まだ終わってません」

「南だけです」

「北もあります」

「それに」

「逃げた人たちの処理」

「捕まえた人たち」

「借金」

「家族」

「全部これからです」

 父がため息をつく。

「普通、勝ったら喜ぶところやぞ」

「まだ勝ってません」

 八郎は答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「戦に勝っても」

「人が食べられなかったら負けです」

 和尚はニヤリと笑った。

「やっぱり」

「国を取る器じゃな」

「だから」

「やめてください」

「私は飯屋です」

 燃え残った館の前。

 戦の終わりではなく。

 八郎の後始末が始まろうとしていた。

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