1533年5月3週目。近々薩摩の国人衆と肥後南の国人衆が攻めてくると予想・南北1000ずつだが五月雨式と予想。
新しい館。
大広間には、これまでで一番多くの者が集まっていた。
十の庄屋衆。
商人衆。
大工、職人。
そして元領主に仕えていた武士たち。
皆、新しい領地の話をするものだと思っていた。
水車。
市。
証文。
飯屋。
しかし八郎が最初に口にしたのは違った。
「まず、近々やらないといけないことがあります」
全員が静かになる。
「おそらく」
「数日のうちに攻められます」
空気が固まった。
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「攻められる?」
「はい」
「どれぐらいじゃ」
和尚が聞く。
八郎は少し考えて答えた。
「分かりません」
「ただ……」
「南から千」
「北から千」
「合わせて二千ぐらいは想定してください」
ざわめきが起こる。
「二千!?」
「そんな数、どうやって……」
しかし八郎は落ち着いていた。
「同時には来ないと思います」
「五月雨式です」
「理由は簡単です」
「みんな別々の国人衆ですから」
「欲があります」
「先に取ろうとします」
和尚の目が細くなる。
「まず」
「田畑と蔵は捨てます」
その一言で農民たちが動揺した。
「八郎様!」
「捨てるとは!」
八郎は首を振る。
「違います」
「焼かせるという意味ではありません」
「守る姿勢を見せないという意味です」
「相手が欲しいのは何ですか?」
皆、黙る。
「銭」
「米」
「そして私です」
「だから館へ来ます」
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「元殿様は」
「館の入口が弱いと教えています」
「だから」
「そこを攻めてきます」
父が気づく。
「……誘うんか」
「はい」
「来てもらいます」
八郎は地面に絵を書く。
「館」
「門」
「前の広場」
「ここに集まります」
「ただし」
「簡単には動けないようにします」
「柵」
「障害物」
「逃げ道」
「全部決めます」
武士たちが顔を見合わせる。
完全に戦の話だった。
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「大切なのは」
「勝つことではありません」
「え?」
「殺しすぎないことです」
さらに驚く。
「相手の兵の半分以上は農民です」
「借金があります」
「家族がいます」
「好きで来ている人ばかりじゃありません」
「だから」
「折ります」
「心を」
和尚が笑う。
「怖いことを言う三歳じゃ」
「逃げ道は必ず一つ残します」
「囲みません」
「囲んだら死ぬまで戦います」
「逃げられると思えば逃げます」
「そこで」
「領外へ向かわせます」
「ただ」
「そこにも人を置きます」
「農民の皆様です」
農民たちが驚く。
「戦えと?」
「違います」
「立ってください」
「竹槍を持って」
「人数を見せてください」
「相手は疲れて逃げています」
「そこで千人いると思えば」
「戦う気はなくなります」
父がぼそっと言う。
「八郎……」
「お前……」
「戦う前から終わった後考えてるな」
八郎は頷く。
「はい」
「捕まえた人は」
「まず武具を預かります」
「また攻められると困りますから」
「その後」
「聞きます」
「名前」
「家族」
「村」
「借金」
「全部帳面にします」
商人衆が反応する。
「証文ですか」
「はい」
「買います」
「家族が苦しいなら」
「こちらへ来てもらいます」
「働いてもらいます」
「米でも返せます」
「仕事でも返せます」
「今までと同じです」
全員が理解した。
この三歳児は。
敵兵を敵として見ていない。
次の領民として見ている。
「そして」
八郎は続けた。
「攻めてきた以上」
「理由ができます」
「向こうの領地に入ります」
全員が固まる。
「奪うためではありません」
「同じことをします」
「証文を見る」
「市を作る」
「飯を出す」
「仕事を作る」
「それだけです」
沈黙。
長い沈黙。
やがて和尚が笑った。
「はっはっは」
「皆、分かったか?」
「この子は戦をしておらん」
「国人衆からしたら一番恐ろしいことをしとる」
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父が聞く。
「何じゃ?」
和尚は答える。
「普通の武将は城を落とす」
「八郎は」
「人を落とす」
八郎は困った顔をする。
「だから」
「そういう言い方やめてください」
「私はただ」
「飯を食べられる人を増やしたいだけです」
周囲は呆れる。
三郎兄がため息をついた。
「飯屋始めた弟が」
「いつの間に戦の後始末まで考えてるんや」
母が八郎を抱き寄せる。
「ほんま」
「三歳児に何させてるんやろね」
八郎は小さく答えた。
「私もそう思います」
その一言で。
張り詰めていた大広間に笑いが戻った。
だが全員分かっていた。
数日後。
この土地の未来を決める戦が始まることを。




