1533年5月。2週目。館の奥で薩摩の国人衆と南肥後の国人衆に文を飛ばす領主。一揆が3歳児を当主にして動く。逃げる前に門を壊しておくからせめて暮れとの手紙をだす。
館の奥。
領主は一人、苛立ちながら筆を走らせていた。
「どいつもこいつも八郎八郎……」
「三歳の童に何ができるというのじゃ」
だが現実は違った。
庄屋衆は八郎を見る。
商人も八郎を見る。
下級武士まで八郎の市を守り始めている。
自分の命令より、八郎の「お願いします」の方が人を動かしている。
それが許せなかった。
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「ならば分からせてやる」
領主は何通もの文を書いた。
宛先は周辺国人衆。
薩摩各地。
さらには肥後南部の者にも。
内容はこうだった。
『我が領内にて異変あり』
『八郎という三歳の童が、商人と民を集め、力を持ち始めている』
『銭、米、品物を大量に抱えている』
『このままでは一揆となる恐れあり』
『助力願いたい』
『我を助け、この地を治めるならば、相応の礼をする』
『館の備えはこちらで緩める』
『入口も崩しておく』
『平定後、得た物については好きにされよ』
書き終えた領主は笑った。
「これで分かる」
「所詮、商人遊びじゃ」
「武の前には勝てん」
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しかし。
その文を預かった下級武士たちは顔を見合わせた。
「……これ」
「まずくないか?」
「ああ」
「八郎様を討つとかいう話じゃない」
「領内を売る話じゃ」
別の者も呟く。
「好きに取っていいって……」
「俺らの家も入っとるぞ」
「田も」
「家族も」
沈黙。
「どうする」
「届けるか?」
「……」
一人が首を振った。
「その前に」
「見てもらうべき相手がおる」
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向かったのは寺だった。
庄屋衆が集まる場所。
八郎のいる場所だった。
「八郎様」
「はい?」
「少し……確認いただきたいものがあります」
差し出された文。
八郎は困った顔をする。
「いや、勝手に見るのは……」
武士が首を振る。
「我々宛てではありません」
「ですが」
「このまま出せば」
「領内全員に関わります」
和尚が文を読む。
父も読む。
商人衆も確認する。
そして。
誰も喋らなくなった。
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「……これは」
父がため息を吐く。
「もう無理やな」
商人も首を振る。
「我々の荷も」
「蔵も」
「好きに取れという意味になります」
庄屋衆も顔色を変えた。
「田畑まで巻き込む気か」
「自分の領民なのに……」
八郎だけが困っていた。
「いや……」
「でも」
「殿様も追い込まれて……」
和尚が笑った。
「八郎」
「はい」
「まだ庇うか」
「いや」
「庇うというか……」
「僕、三歳児ですよ?」
「なんでこんな判断させられてるんですか」
父が苦笑した。
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すると、武士代表が言った。
「八郎様」
「このこと」
「残りの庄屋衆にも伝えます」
「え?」
「待ってください」
「広がりますよ」
「広げるのです」
八郎は黙る。
「今までは」
「殿様と八郎様、どちらにつくかでした」
「ですが」
「これは違います」
「領民を守るかどうかです」
商人も頷く。
「私どもも同じです」
「外から兵が入れば商いどころではない」
和尚だけはニヤニヤしていた。
「いよいよじゃな」
「和尚様」
「そういう顔やめてください」
「何がじゃ」
「楽しそうです」
「まあな」
「歴史が動くところを見る機会など、そうない」
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「困ります」
八郎は頭を抱える。
「私は借金消して」
「飯屋増やして」
「みんなで飯食べたかっただけなんです」
和尚は笑う。
「だからじゃ」
「だから皆、お前を見る」
「普通の領主は」
「土地を守る」
「城を守る」
「面子を守る」
「でも八郎」
「お前は」
「飯を守った」
「暮らしを守った」
「借金で泣く者を守った」
父も静かに言った。
「もう流れは止まらんぞ」
「……」
「ですよね」
八郎はため息をついた。
「では」
「まずやることは一つです」
全員が見る。
「戦準備か?」
「違います」
「え?」
「帳面です」
一同が固まる。
「もし周辺から人が来るなら」
「逃げてくる人も増えます」
「捕まる人も出ます」
「誰がどこの人か」
「家族はいるか」
「借金はいくらか」
「全部確認しないと」
和尚は大笑いした。
「普通、戦の前に槍を見る」
「お前は帳面を見るか」
「当たり前です」
「戦が終わった後」
「人が生きていかないと意味ありません」
その言葉で。
寺の中の空気が決まった。
もう誰も迷っていなかった。
領主は館を守る。
八郎は人を守る。
勝負は始まる前から、傾き始めていた。




