1533年5月。一回目の市までの話。家族に庄屋衆の借金完済する旨報告。1度目の市開催。その後の庄屋衆の集まり。
翌朝。
いつものように家族全員で朝飯を囲んでいた。
飯、汁物、漬物。
以前なら当たり前だったこの時間も、最近は貴重になり始めていた。
八郎は飯を食べながら父を見る。
「父上」
「なんや?」
「昨日の件ですが」
「うちの庄屋衆の証文、全部消えましたので」
母の箸が止まった。
「……え?」
しかし八郎は普通に続ける。
「来週からは、市で新しく出た売掛金を優先して消していきます」
「それでも余ると思います」
「なので余った分は、隣の庄屋衆の証文消しに回してもいいですよね?」
父は頷く。
「ああ、それでええと思う」
「順番やな」
「はい」
「ありがとうございます」
そこで母が口を挟んだ。
「ちょっと待って」
「はい?」
「今なんて言った?」
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「うちの庄屋衆の証文が全部消えたって」
「どういうこと?」
父が「あっ」という顔をした。
「あー……」
「すまん」
「言う機会逃してたわ」
「昨日全部終わった」
母が固まる。
「……全部?」
「ああ」
「借金全部なくなった」
「……」
「はあ!?」
声が裏返った。
「なんでそんな大事なこと言わへんの!」
「いや、色々ありすぎてな」
「色々って何よ!」
「うちら、その借金で何年苦しんだと思ってんの!」
母の目に涙が浮かぶ。
そして八郎を見る。
「ほんまに?」
「はい」
「もうありません」
「これからは前を見るだけです」
その瞬間。
母は八郎を抱きしめた。
「ありがとう」
「ほんまにありがとう」
「母上」
「苦しいです」
「三歳児なので」
「今日くらい黙って抱かれなさい」
兄弟たちは笑った。
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少し落ち着いたところで八郎が話を戻す。
「それで次です」
「まだあるんか」
「あります」
父が苦笑する。
「次は隣の庄屋衆です」
「寺市と神社市を始めましょう」
「やり方は父上に任せます」
「俺?」
「はい」
「商人衆と相談してください」
「うちでやったのと同じです」
「寺と神社を交互」
「週一回」
「商人さんが品を持ってくる」
「帳面をつける」
「証文と交換する」
「それだけです」
父は腕を組む。
「まあ、もう形はできとるからな」
「はい」
「自分たちで回せるようにしてください」
「売上はたぶん一回六千五百文ぐらい」
「上乗せ分から」
「うちに五百文ほど入ります」
「帳面係の子たちに払って」
「残り二百五十文ぐらい」
「毎週残れば十分です」
兄が笑う。
「もう小遣い感覚で二百五十文言うな」
「私は」
「もう少し大きいところを見ます」
全員が止まる。
「……」
「八郎」
「はい?」
「お前」
「ほんまに三歳?」
「三歳です」
「夜は母上の布団です」
「そこだけ子供に戻るな」
笑いが起きた。
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市はその後も順調だった。
料理は弟子たちが作る。
兄たちは管理する。
母は味を見る。
店は「八郎の店」から「八郎の仕組み」になり始めていた。
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そして次の商屋会。
今度は武士たちが集まった。
八郎が尋ねる。
「人数はどうなりました?」
代表の武士が答える。
「増えました」
「三十では済みませぬ」
「どれほどです?」
「八十人ほどになるかと」
ざわつく。
「八十人……」
「証文は?」
「おそらく」
「四十万文ほど」
父が息を吐く。
「武士だけで四十万か」
商人衆も帳面を広げる。
八郎は言う。
「では同じです」
「まず整理します」
「返済期限が近いもの」
「利息が高いもの」
「生活を圧迫しているもの」
「順番を決めます」
そして商人を見る。
「確認です」
「利息は?」
商人たちは即答した。
「下げます」
「もちろんです」
武士たちが驚いた。
「そんな簡単に?」
商人が笑う。
「簡単ではありません」
「八郎様だからです」
「今までは」
「返るか分からない銭でした」
「だから利息を取った」
「でも今は違います」
「仕事がある」
「返す道がある」
「なら無理に取る必要はない」
武士たちは黙った。
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八郎が続ける。
「ただし」
「勘違いしないでください」
「借金を消す代わりに」
「仕事をしてください」
「市を守る」
「道を見る」
「獣を退治する」
「人を守る」
「それが役目です」
武士たちは頭を下げた。
「承知」
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和尚は横で笑っていた。
「八郎」
「はい?」
「とうとう武士八十人か」
「違います」
「雇っただけです」
「そういうことにしておこう」
父も苦笑する。
「商人」
「庄屋」
「民」
「武士」
「全部揃ってきたな」
八郎はため息をついた。
「だから怖いんですよ」
「僕はただ」
「借金を消して」
「飯屋を増やしただけなんですけど」
和尚が笑う。
「昔から、それを国造りと言うんじゃ」
八郎は何も言えなかった。




