1533年5月。領主への返済のあと、庄屋衆の集まりで色々動く。証文の整理。武士の扱い等。八郎庄屋衆の借金完済する。
両親との話し合いを終えた後、八郎はまた和尚の寺へ向かった。
庄屋衆の集まりである。
寺の中は、もう以前の寺ではなかった。
庄屋衆、隣の庄屋衆、三つ目の庄屋衆、商人衆、帳面係、そして武士たちまでいる。
和尚は笑った。
「ここは寺か、評定所か、銭の蔵か、もう分からんのう」
八郎は小さく頭を下げる。
「すみません。今日も数字の確認です」
「お前の数字の確認は、だいたい世の中を動かすから怖い」
父が横でぼそりと言い、場に笑いが広がった。
八郎は帳面を開いた。
「まず、原価を計算し直しました」
「店が増えていますので」
皆が身を乗り出す。
「一つ目の市」
「毎週三万文分、仕入れに使えます」
ざわり。
「二つ目の市」
「毎週二万五千文分」
さらにざわつく。
「三つ目の市」
「毎週一万五千文分」
寺の空気が変わった。
誰もが、その意味を理解している。
仕入れとは、証文を消す力である。
「つまり」
商人の一人が呟く。
「週七万文……」
「はい」
八郎は頷いた。
「ただし、無理はしません」
「順番を守ります」
「三つ目の市の仕入れ分は」
「一番最後に入った庄屋衆の借金整理に使いたいと思います」
八郎は三つ目の庄屋衆を見る。
「それで、総額はいくらでしたか?」
代表が緊張した顔で答える。
「まとめました」
「十八万文です」
場が静まる。
しかし八郎は驚かなかった。
「まあ……それぐらいありますよね」
「うちが十六万文」
「隣が二十万文」
「なら十八万文は自然です」
庄屋衆たちは苦笑する。
「よそも多分、似たようなものです」
その言葉に、誰も否定できなかった。
八郎は商人衆へ向き直る。
「では、商人の皆様にお伺いします」
「今後も、利息が高いもの」
「緊急のもの」
「それから、うちの仕入れに直接関係するもの」
「この順で消していきます」
「その上で」
「利息は下げられますか?」
商人たちは顔を見合わせた。
そして一人がすぐに頭を下げた。
「もちろんです」
「下げられます」
その瞬間、三つ目の庄屋衆が騒いだ。
「おい!」
「わしらが何度頼んでも下げんかったやないか!」
「今さら何や!」
「ふざけるな!」
怒号が上がる。
すると、一つ目の庄屋衆と隣の庄屋衆が、遠い目で笑った。
「ああ……」
「俺らも通った道やな」
「最初は腹立つんや」
「でもな」
「八郎様が入ると、商人が急に優しくなるんや」
商人が苦笑する。
「いや、優しくなったのではなく」
「取引が続く相手になったのです」
和尚が笑う。
「言い方だけは上手いのう」
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「では」
八郎が手を打つ。
「怒るのは後にしてください」
「まず話をまとめます」
「利息を下げる」
「返す順番を決める」
「証文を確認する」
「そこからです」
三つ目の庄屋衆は、まだ不満げながらも頷いた。
次に八郎は、武士たちを見た。
「侍様方にも確認します」
武士の代表が姿勢を正す。
「はい」
「この前、三十人ほどで十五万文ぐらいと伺いました」
「間違いありません」
「では、領主様についている侍様は」
「全体で五百人ほどと考えてよろしいですか?」
「だいたい、その程度です」
「そのうち」
「借金に困っている方は?」
武士は少し言いにくそうにした。
「大なり小なりなら」
「半分ほど」
「二百五十人近くはいるかと」
場が静まった。
「……」
「多いですね」
八郎は呟いた。
「では」
「まず三十人の方々」
「うちの仕事を担っていただく、という認識でよろしいですか?」
「はい」
「つく、という言葉は使いたくありません」
「ただ、仕事として」
「用心棒」
「見回り」
「市の警備」
「これをお願いします」
武士たちは頷く。
「心得ました」
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「それと」
八郎は少し考えてから言った。
「鳥獣退治をお願いします」
「鳥獣?」
「はい」
「猪」
「鹿」
「畑を荒らします」
「それを狩る」
「名目として自然です」
和尚と父が同時に八郎を見た。
「八郎」
「はい?」
「お前、また物騒なこと考えとるやろ」
「いやいや」
八郎は首を振る。
「農民に弓を教える名目が必要だなんて思ってませんよ」
「言うてるやないか」
場に笑いが起きる。
「人数は五人、十人でいいです」
「目立たないように」
「弓の扱い」
「槍の持ち方」
「追い払い方」
「まずは獣相手です」
「実際に猪を退治できれば、肉にもなります」
商人が笑う。
「肉まで商売にする気ですか」
「食べられるなら食べます」
「もったいないですから」
父は呆れる。
「ほんま、全部飯に戻るな」
最後に八郎は自分の庄屋衆へ向いた。
「そして」
「うちの庄屋衆ですが」
「残り二万九千文です」
皆が息を呑む。
「今回」
「全部消します」
一瞬の静寂。
その後、爆発した。
「おおおお!」
「終わった!」
「本当に終わったぞ!」
「証文が消えた!」
泣く者までいた。
長く重かった借金。
それがついに消えた。
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父は目を閉じた。
母にどう報告するかを考えた。
和尚は笑いながらも、静かに手を合わせた。
「八郎」
「はい?」
「お前、まず一つ救ったな」
八郎は首を振った。
「まだです」
「暮らしが戻ってからです」
和尚は笑った。
「ほんまに三歳か」
「三歳です」
「だから今日は早く帰って寝ます」
その言葉に、寺中が笑いに包まれた。




