1533年5月。領主への返済。8000文を返す。めちゃくちゃ不機嫌。八郎を独り言だと言いながら脅す。
五月初め。
八郎は父と和尚と共に、領主の館へ向かった。
持っているのは銭八千文。
今月分の納めである。
門番は以前とは明らかに態度が違った。
「八郎様、お待ちしておりました」
深々と頭を下げる。
八郎は小さくため息をついた。
「……これがまずいんですよね」
父が苦笑する。
「まあ、そうやな」
「殿様が見たら面白くはないわな」
広間に通される。
領主は上座に座っていた。
表情は固い。
「来たか」
「はい」
「今月分でございます」
父が八千文を差し出す。
家臣たちがざわつく。
以前なら、これだけの銭を用意するだけでも大変だった。
だが八郎側は当然のように持ってきた。
「……」
「ずいぶん羽振りがええのう」
領主が低い声で言う。
八郎は首を振った。
「違います」
「羽振りがいいわけではありません」
「何?」
「うちは店の仕入れを増やしています」
「その仕入れ代金で、皆さんの証文を買わせてもらっています」
「農家さんは米や野菜で返せます」
「商人さんは売掛が回収できます」
「それだけです」
領主の眉が動く。
「それだけ、か」
「それだけで」
「四千五百石分の庄屋を見るようになるのか?」
「……」
八郎は困った顔をする。
「正直、見切れてません」
「毎日あわあわしています」
「三歳児に何させてるんですかと思ってます」
周りの家臣が吹き出した。
「ぶっ」
「三歳児がそれ言うか」
しかし。
領主だけは笑わなかった。
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「聞いたぞ」
「武士まで面倒を見るらしいな」
「……」
「ますます反乱の準備に見える」
「違います」
「市の用心棒をお願いしたいだけです」
「人が増えました」
「銭も動いています」
「守る人が必要なんです」
「口では何とでも言える」
領主は吐き捨てた。
「もしお前が成人した男なら」
「捕らえることも考えた」
「首を取ることもな」
広間が静まる。
父の表情が変わる。
しかし領主は続けた。
「だが」
「そんなことをすれば」
「庄屋が黙らん」
「商人が黙らん」
「民も黙らん」
「……」
「わしが領主なのにな」
「わしは戦を考えていた」
「米と武具を買ってな」
「だが商人に言われたわ」
『勝てる戦ですか』
『土地を取った後、治められますか』
『八郎様との商いがありますので』
「とな」
領主は苦笑する。
「三歳児のせいで」
「わしが商人に説教された」
「どういうことじゃ」
家臣たちは笑えなかった。
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「まあよい」
「八郎」
「はい」
「近いうち」
「わしがこの屋敷を出る日が来るかもしれんな」
「……」
「ただ」
「ただで渡すと思うなよ」
空気が変わる。
「中の道具は全部持っていく」
「それに」
「周りの国人衆を動かすかもしれん」
「この館はわしの庭じゃ」
「どこが弱いか」
「どこを攻めれば落ちるか」
「全部知っておる」
「入口は少ない」
「抜け道もない」
「人数で押せば取り返せる」
家臣たちですら顔を見合わせた。
言い過ぎだった。
八郎が静かに聞く。
「……脅しですか?」
「違う」
「ただの独り言じゃ」
領主はそっぽを向いた。
だが。
誰の耳にも脅しに聞こえた。
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帰り道。
三人は無言だった。
そこへ、一人の武士が近づいてくる。
以前、寺に残った男だった。
「八郎様」
「はい」
「話をまとめました」
「三十人ほど」
「証文は合わせて十五万文ほどあります」
父が驚く。
「十五万……」
「はい」
「また相談させてください」
八郎は頷く。
「分かりました」
「次の商屋会に来てください」
「ただ」
「順番は守ります」
「承知しています」
武士が去った後。
和尚が笑った。
「しかし」
「殿様も間違えたのう」
「何がです?」
「脅す場所じゃ」
「あの方は」
「館を取られると思っておる」
「でもな」
「八郎」
「お前が作ったものは館ではない」
「人じゃ」
父も頷く。
「そうやな」
「誰もあの屋敷が欲しいわけじゃない」
「暮らしを守りたいだけや」
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八郎は考える。
「もし」
「周りの国人衆が」
「田畑を焼かず」
「館だけを狙ってくれるなら……」
父が八郎を見る。
「おい」
「何考えた」
「……」
「あります」
「あるんかい」
「でも言いません」
「言ったら本当にそうなります」
和尚が笑う。
「怖い三歳児じゃ」
「違います」
「怖い状況なんです」
領主は館を守ろうとしていた。
八郎は民を守ろうとしていた。
その違いが。
少しずつ。
国の形を変え始めていた。




